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[ 1]生涯スポーツとしてのトライアスロン(1) [13]ピンチをチャンスに
[ 2]生涯スポーツとしてのトライアスロン(2) [14]スイムもナンバで
[ 3]ナンバ歩き [15]トライアスリートの菜食主義
[ 4]ナンバについて [16]菜食のすすめ
[ 5]ナンバ歩きの実践 [17]トライアスロンが教えてくれたこと
[ 6]競技志向の落とし穴 [18]生きる力を養うトライアスロン
[ 7]みなさん、国体に参加しましょう [19]100歳でも現役のコツ
[ 8]今年の宮古島、そして淡路大会 [20]生活に役立てるトライアスロン
[ 9]自転車通勤の極意 [21]高齢者のトライアスロン
[10]トライアスロンを人生の黄金期に活かす [22]トライアスリートは求道家なのか
[11]田山さんワールドカップ優勝とYao Logic [23]科学的に解明される魂とは
[12]転機を迎えて
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[22]トライアスリートは求道家なのか


トライアスロンは肉体を酷使して鍛えるというマゾ的なものに魅力を感じて没頭する一面がありますが、 一応取り組むタイプは二通りで競技志向型と完走型があると思います。どちらもゴール後の達成感は同じだと思いますが、その内面的な部分は様々だと思います。集団競技の野球やサッカーと言った球技は、そのゲーム性が好きな子供、嫌いな子供もがいて適正もあります。私の場合は球技や集団競技はストレスを感じるので苦手でしたが、一人で山をあるいたり孤独を愛するタイプですので、社会人になってトライアスロンに出会い、自分の求道家タイプな性格に気づきました。

トライアスロンは三種目とも一人でできるのですぐに飛びつきました。特に会社と家庭の仕事の空いた時間や休日の午前中など以外に、通勤に使えることに意義を見出しました。自転車に乗って通勤で職場へ向かい、終わったら自宅へ直行ですので、いろんな無駄が減ります。電車通勤だと同僚と付き合って駅前で一杯飲むとか、無駄な買い物をしたりします。バスや電車の時刻に追われるような通勤は苦手でしたし、他人への余分な気遣いや無駄な情報が入りストレスになりますので、通勤時間をトレーニングに生かすと一人で束縛されずに健康にも良いというメリットが多く上手な時間の使い方となり、様々な余徳があり無駄使いがなくなりました。

ランもバイクもその間に何を考えるか人によって違うでしょうが、共通しているのは一人で我慢強く取り組むという大変ストイックな一面が強化され、修行僧のような気分に浸る心地よさが味わえると思います。こうした瞑想状態に入って行くことは誰にでもあると思いますが、マラソンやトライアスロン好きな人が持っている求道性に気づき追求すれば、人生に役立つ様々なメリットがあると思います。

こうした求道好きの自分の一面に気付いたのは、私がトライアスロンに魅了されてしばらく立ってからのことでした。若い頃から比叡山の千日回峰行などにも興味があって、内海俊照大阿闍梨の一日回峰行の体験会に参加しました。この時、比叡山回峰行の道を深夜に出発して不動教真言を唱えながら歩きました。お坊さんの修業中ではお経を唱えることが多いですが、それはお経の学習の意味もあるでしょうか、余分な事を考えなくする目的があると思います。新聞・テレビなど世間の無駄な情報に囚われず馬鹿なことを考えないで済むわけです。

その時以来、ランニング中に不動教真言を唱えながら走り始め、それが飽きたら般若心経とかいろいろ興味のある真言を唱えて走りました。45歳の時に腰痛になり、歩くようなゆっくりで般若心経を唱えながら走っていると、有酸素機能がグンーンと開発されマラソンの記録が一気に伸び、体調が良くなりました。無理に鍛えていた時と違って肉体疲労やケガが完全に消えました。 スピードを上げるトレーニングはほとんどしなくなりましたが、レースに参加すると競技嗜好が目覚めて頑張って走ります。その程度のことでレースでの記録が良くなり、走ることが楽になりました。スタミナが付くということは、有酸素機能が開発されることだと実感でき、これは毎日の肉体労働の生活をしてきた農耕民族の遺伝子が目覚めたということでしょう。 そこで篠山マラソンでサブスリーを目指したのですが、前日に篠山の友人宅でボタン鍋をご馳走するからと誘いにのってしまい、「たらふく食べてもファイブミニを3本も飲めばレース前に全部出るだろう」と油断したのが間違いでした。残念ながらその効果が出たのはレースが始まってからで、途中3度もトイレに飛び込むことほどの快便でしたが、記録は3時間8分でした。無念な結果になりましたが、この年はサイパンでは年代別2位、徳の島大会では1位となり初めて表彰台に上がり、この時以来トレーニングへの取り組み方や考え方が変わり、無理で厳しいことは一切止めました。

比叡山や大峯山回峰行で真言を唱えて歩くのはお化けや獣の恐れからの不安の解消し妄想が起こらないようにするための智慧ですが、社会的に煩わしい意味のない情報も一種の魑魅魍魎のようなものですから、そんなものから守られたライフスタイルが確立できました。スポーツ新聞や三面記事の内容はまったく無縁になったおかげで、職場の同僚の話に付いていけなくなりましたが、全く気になりませんでした。

真言を唱えて吐く呼吸を長くするという仏教の知恵は、腹式呼吸で自律神経のコントロールし、持久筋の有酸素機能の開発にも役立つと知っていて修行に用いたのでしょう。さらに、大切なのは心が前向きになるという点です。真言を唱えることで神仏に守られるという気持ちで走れば、自然に様々な問題を解決するプラス思考が養えました。禅宗の托鉢も回峰行が教えることを、私たちはトライアスロントレーニングでも応用しなくちゃ損ですね。悟りを開くことは、ある意味プラス思考になることだと思います。

どんな苦境にも立ち向かい、試練を乗り越える覚悟をもった行者と、同じような体験を自ら好んでするトライアスリートも同じ気質ではないでしょうか。実際、私はこのおかげでプラス思考になり、心と体と魂が一体になる病気知らずの健康を得られました。兵庫県トライアスロン協会で永年多くの行事やレースの運営に取り組んでこられたのも、プラス思考の気高い精神性のおかげだと思います。皆様も大会のスタッフとして参加して頂き、トライアスロン精神の神髄を磨いて頂きたいと思います。
(2013.5月)

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