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[ 1]生涯スポーツとしてのトライアスロン(1) [13]ピンチをチャンスに
[ 2]生涯スポーツとしてのトライアスロン(2) [14]スイムもナンバで
[ 3]ナンバ歩き [15]トライアスリートの菜食主義
[ 4]ナンバについて [16]菜食のすすめ
[ 5]ナンバ歩きの実践 [17]トライアスロンが教えてくれたこと
[ 6]競技志向の落とし穴 [18]生きる力を養うトライアスロン
[ 7]みなさん、国体に参加しましょう [19]100歳でも現役のコツ
[ 8]今年の宮古島、そして淡路大会 [20]生活に役立てるトライアスロン
[ 9]自転車通勤の極意 [21]高齢者のトライアスロン
[10]トライアスロンを人生の黄金期に活かす [22]トライアスリートは求道家なのか
[11]田山さんワールドカップ優勝とYao Logic [23]科学的に解明される魂とは
[12]転機を迎えて
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[9]自転車通勤の極意

昨年末の停年退職までの23年間あまり、すなわちトライアスロンを始めてから私は通勤に自転車を活用した、通勤時間をトレーニング時間するなんて、これほど無駄のない有効な時間の使い方はないと考えた。この頃は東鳴尾の武庫川の近くに住んでいて会社まで20キロほどあり毎日ではなかったが、現在の阪急六甲に引っ越してからの16年あまりは雨の日以外ほぼ毎日自転車で通勤した。距離は片道6キロで往路は軽い下りゆえ、夏でもあまり汗をかかない私は会社で着替える必要はなかった。年に1度参加する宮古大会が4月にあるので、冬の寒い日は早めに家を出てランかウォークで通勤した。

通勤時に自転車を使用し事故が起こった場合は勿論すべて自己責任とするのは覚悟の上である。ロードレーサーに乗り始めた最初の頃、お年寄りに接触してケガをさせてしまい、救急車を呼んで入院して貰った事がある。誠意をつくしありがたいことに後遺症も残らず無事退院されたのと、偶然かけていたバイク保険で全額出たのは嬉しかった。この事故を教訓にして出勤する時は、「事故は起こしません」と心に暗示をかけるようにしたが、忘れた頃にまた転倒しケガをした事が数度ある。一度坂を下っていた時に前を走る子供が急に回転ストップを掛けて私のコース上で止まったので、前輪部分に直撃し私は彼の上を空中回転して落ちたことがあった。この時も大したケガも無くすんだが、事故とは避けられないもの、小さな事故の体験を積んで大きな事故を起こさぬ知恵を授かるのかもしれない。

こうしたリスクがあったとしても、通勤自転車にはあり余るメリットがあって止められるものではありません。日常的にバイクに乗ることは、単にトレーニングや老化防止になるだけではなく、精神衛生上のメリットが抜群です。まず毎日の煩わしい通勤電車に乗らなくてよいのが最高にありがたい事。1分2分を争って電車の時刻通りに家を出る必要はなく、人ごみのする電車の吊革をもって車内広告からの無駄な情報に触れることもなく、痴漢に間違われることもなく、通勤途上の様々な誘惑と戦う必要もなく、通勤費も不要であり、季節に合わせたおしゃれ着に余計な経費をかけたり、気を煩わされることもない。家を出て一度バイクに乗ってしまえば、瞬時に五感が開いて気分はアスリートに変心し身がひきしまる。ハンドルを握った手に体重を掛け、腹筋を絞めストップ&ダッシュを繰り返し、上り坂で足腰を鍛え、下りカーブのコーナリングにスリリングな緊張を味わい、天気の良い日はサイクリング気分で自己満足の右脳世界に浸る。動体視力、とっさの判断力、野生的な運動神経の維持が若々しい心身状態を保ってくれる。都会のジャングルの中を颯爽と走りぬけ、会社に着いた時は目も覚めて爽快な気分で仕事に掛かれる。

帰宅時も、会社で嫌な事、失敗した事、難題が降りかかった時など、バイクにまたがって自宅へと走り始めれば、帰路もおなじく頭の中のスイッチが切り替わり、プラス思考がマイナス思考を掻き消してくれ、アイデアが降りてきて難題も解決、瞑想状態に入りエンドロフィンが出始めれば痛んだ胃の痛みも薄れるといったことが日常化します。それが通勤電車となるとそうは行かない。まず駅の繁華街に近づくと飲み屋の看板、好物の匂い、帰りに一杯というお付き合い、美人に眼が行く、ブックショップにも立ち寄りたくなるといった誘惑が多い。電車に乗れば周りの状況に心が奪われるし、読書は集中できない、子供・年寄りへの気配り、車内広告にも心を奪われる。こうした事を日々合算すると、どれほど無駄なことに大切な時間を奪われていることか。

まだ子供が小さかった頃は東鳴尾に住んでいた。夫婦共働きゆえに子供が家で待っていると考えるとバイクに乗っていてもその事で頭が一杯になる。今日はどんな楽しいことをしようか、晩御飯のメニューが頭にうかぶとスーパーによってお惣菜を買って帰り料理を作ることもあった。バイクでもランの時でも、体を動かし始めると肉体の刺激が左脳中心の思考回路から右脳のイメージの世界に入っていく。正に瞑想状態の誰にも干渉されない時間はバイクの乗り方とか走法とか姿勢、食事法、健康法について常に考えて走るのが長い習慣となり、いろんな企画をしたり文章が書きたくなる訳である。サラリーマン・ライフの貴重な通勤タイムが、なんと言っても「行」としての心身の試練を味わえただけではなく、自己との対話の至宝の時間帯になったのはなんと幸運なことかと思います。

幕末の儒学者、佐藤一斎の「心志を養うは養の最なり、体躯を養うは養の中なり、口腹を養うは養の下なり」という言葉があるそうですが、これを私流に解釈しますと。 厳しいトレーニングの後ほど食事が美味なことはない、空腹は最高の味覚であり、どんな粗食でも有り難く頂ける。そんな事よりトレーニングが日常化すれば、生活習慣病の予防になり元気で健康な心身を得られ老化防止になる、しかし最なるものは、こうしたトライアスロン・トレーニングに打ち込むことが出来る日常生活に感謝し、心身を養い精神面の充実を得ることである。物好きにも趣味で苦しいことが大好きな私達は世の中でも少数派のようで、よほど前世でも修験道者か武士か探検家で生命力が旺盛で苦行のような事をしていたのか、孤独に自己鍛錬に励む精神性の高い人種なのでしょうか? こんな素晴しい心志を養うトライアスリートが集まってきた兵ト協に感謝しつつ、さらにもっとトライアスロンが普及し人気競技として盛んになって欲しいと願っているのです。
(2007年3月記)

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