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[ 1]生涯スポーツとしてのトライアスロン(1) [13]ピンチをチャンスに
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[ 3]ナンバ歩き [15]トライアスリートの菜食主義
[ 4]ナンバについて [16]菜食のすすめ
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[10]トライアスロンを人生の黄金期に活かす [22]トライアスリートは求道家なのか
[11]田山さんワールドカップ優勝とYao Logic [23]科学的に解明される魂とは
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[5]ナンバ歩きの実践

図1を見てください。これは飛脚さんが走る姿の写真で、右手右足を同時に出して走るナンバの証拠写真としてよく使われるものです。書籍に掲載されているのは何枚かあり、違う飛脚さんがポーズしていますが、どれも似たように、ポーズをとらして写真家が撮ったもので、よく見ると実際に走っているのでないことは一目瞭然です。どれも似てしまったのは、この時代のカメラ技術から考えて、飛脚さんにカメラの前でポーズしてもらい撮影したために右足を出した方が安定したからだと思います。当然ながら文箱を右肩にかつぐポーズに固定されるため、右手右足を出した記録写真になってしまったのではないかと推測できます。

ナンバ歩きの不自然で誤解を生む「右手右足を同時に出す歩き」という説がまかり通るようになったのは、こんな静止のポーズで撮った写真が原因だとすると、この誤解が正しい身体論の普及の障害となっているのではないでしょうか。
しかし図2は私が最近読んだ講談社学術文庫「絵で見る幕末日本」エメェ・アンベールに掲載されていた飛脚の絵です。これは実際に走っている見たままの印象をスケッチしたものだからでしょう躍動感があり生き生きしています。これを見て分かりますが、右肩に文箱を担ぐ飛脚が左足を前に出しているので、図1のような不自然さがありません。従って図1は明治に入って飛脚という職業の記録写真を残す意図で撮影されたものだと思います。

前回にも紹介したシュリーマンの著書では馬丁が馬の横を全速力で走ってついてくるという驚きの紹介は、他の文献にも出てきますが、もし図1のような可笑しな走り方を本当にしていたとしたら、きっとこの時代に訪れた多くの外人たちは「日本人は右手と右足を出す可笑しな走り方をする民族だ」と興味深く書いたと思うし、それが世界中でもっと流布していたのではないでしょうか。
この意見を覆す文献があれば教えて欲しいと思います。

「ナンバ」とは右手・右足を同時に出す事といった誤った説明が一度頭にインプットされると、修正が難しくなるという困った状況が生じてしまいます。歩く時に右足と右半身を同時に前に出しても、腕の力を抜いていれば右手は後ろに振れます。ですから、ナンバは「右手ではなく、右半身(右腰・右肩)が右足と同時に出る動作」と正しく伝わるようになってほしいものです。最近の日本の短距離の陸上選手の走法の変化や女子マラソン選手があまり手を振らないで走るようになっていますが、これすなわち腰を捻らない動作「なんば」の影響が発揮されているとおもいます。

前々回に紹介の斉藤孝は「身体感覚を取り戻す」の副題を「腰・肚文化の再生」とし、日本人の帯と腰肚の関係を詳しく説明しています。帯、フンドシ、腰巻の持つ役割が長い農耕社会から武芸や着物文化のを通して日常生活に知恵として深く生活に根付いていたのですが、残念ながら現代では衰退してしまったと述べられています。私たちが忘れている日常生活における知恵が満載されていますので、斉藤孝の「呼吸入門」角川書店も合わせてお薦めです。しかしこのような知恵は注意を向けて探せば全く衰退してしまった訳ではなく、幸いな事に私たちぐ身近にいくらでも残っていますし、身近でお手本になる方もいます。明治維新後に追いつけ追い越せで取り入れてきた西洋式ライフスタイルの良さも認めつつ、日本人が営々と築いてきた珠玉の文化遺産を再評価する時期にきている思います。しかし一度安易な生活に浸ると抜けられないのが悲しい人間の性で、糖尿や高血圧といった成人病を生活習慣病と言い換えても、肉食を減らし菜食中心へと習慣を変えるのが難しいのと同じで、腹肚の身体法を修得するために、生活を見直すにはかなりの勇気と忍耐力が必要になります。子どもの時からしっかり教えられることが大切ですが、例えばイスを使わない畳の生活に戻す、少しの移動に車は止め自転車を使うなど、大人が変らないと無理ですよね。

さて、その腰肚文化の再生の具体的実践の一つとして「腹帯を締める」があります。杖道では稽古着として袴を着ますが、袴を着るには、結び目がヘソの下あたり来るように腰帯をシッカリと締める必要があります。袴の前の紐を帯の上に巻いて落ちないようにし、後ろの紐を帯の下の臍下丹田の前できっちりと締めつけます。これで腰の位置がしっかりして腹が据わった感じになります。武道を練習する時でも、袴を着ると着ないとでは上達に差が出ますが、これを上手に着こなす為に、ここで正しいナンバの修得が必要になります。なんばの腰と足の一体の動きを修得すると、どんなに動いても腰帯がヘソの位置より上がってくることはありません。当初私も下腹に巻いた帯がミゾオチへと上がってきて女性のスカートのようになりました。旅館のユカタも着慣れないと、宴会などの間に帯の位置が上がってだらしなくて、さまにならない姿になりました。しかし、武道が上達するにつれ、余分な腰の捻り動作がなくなるサバキが出来るようになりました。さらに細く長く息を吐く丹田呼吸法も徐々に修得できるようになります。

健康法で複式呼吸を指導することが多くなってきましたが、丹田呼吸法というのはヘソの下に意識を集めてする腹式呼吸で、ヨガではクンバクと云い下腹と肛門を締めるように指導します。私は武道の諸動作にも「下腹を締めろ」と指導しますが、それにより逆腹式呼吸が修得できます。現代人は情報過多とストレス社会のために呼吸が短く、口で呼吸する人が多いと言われていますが、腹式呼吸により横隔膜を使って10から20位数えて鼻から吐く長い呼吸ができるようになれば、自律神経が制御できるようになり、副交感神経が安定して様々な病気を治し、健康管理に役立つことはすでに常識になっています。呼吸法は瞑想とか座禅のように座って指導されることが多く、音楽を聴いたり静かにリラクゼーションのような環境を求められるのが一般的です。自然体とは武道の鍛錬によっても得られ術ですから、歩いたり走りながらも出来て当たり前のハズです。(呼吸法は様々な指導法が氾濫していていますが、細かい違いに捉われないことでしょう)。

ナンバを1人で修得する方法の早道は袴を着て太刀を腰に刺し、居合いの練習をすると良いでしょう。歩く時に自然に左手は腰の刀の上に手が行き、右手は右腰の辺りに添えて刷り足で歩くようになります。抜く動作では、腰を引かないと刀は鞘から出ません、斬る時も左足を引いて右手右足が前に出ないと、自分の足を切る事になります。しかし私が習っている杖道の場合は、杖と太刀が相対して型練習をしますので、相手の体格や実力によって違った動きになりますのでより実践的になります。
(2005年1月記 / 2008年9月修正)

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