Sala santi logo
[ 1]生涯スポーツとしてのトライアスロン(1) [13]ピンチをチャンスに
[ 2]生涯スポーツとしてのトライアスロン(2) [14]スイムもナンバで
[ 3]ナンバ歩き [15]トライアスリートの菜食主義
[ 4]ナンバについて [16]菜食のすすめ
[ 5]ナンバ歩きの実践 [17]トライアスロンが教えてくれたこと
[ 6]競技志向の落とし穴 [18]生きる力を養うトライアスロン
[ 7]みなさん、国体に参加しましょう [19]100歳でも現役のコツ
[ 8]今年の宮古島、そして淡路大会 [20]生活に役立てるトライアスロン
[ 9]自転車通勤の極意 [21]高齢者のトライアスロン
[10]トライアスロンを人生の黄金期に活かす [22]トライアスリートは求道家なのか
[11]田山さんワールドカップ優勝とYao Logic [23]科学的に解明される魂とは
[12]転機を迎えて
健康道場サラシャンティのHPへ>>


[4]ナンバについて

さて、前回に続いて「ナンバ」について書いてみたいが、最近タイミング良く二つの記事が掲載されたのでそれを引用させていただく。山下哲弘というスポーツトレーナーが10月11日神戸新聞に紹介されていた。トップアスリートが師と仰ぐ人らしい。彼は13年前に足首をねんざしたハードル選手の足首をテーピングで固定して大会に参加させたところ自己新記録を出した。この時に一部の動きを制限することで全体の運動効率が向上する事に気付いた。足首と膝の動きが制限され股関節を中心とした運動に変化し、より理想的なフォームになったことに気付いた。

トライアスロン誌11月号が「壁をうち破る動きのリセット術!」の特集を組んで、あの宮塚英也氏も「肝心なのは新しい技術より固定観念を捨てること」と書いている。彼は「現役時代に何度も変身を繰りかえした」と言ってたけど、実際にはその変身に何度も失敗していたと告白している。「結局それまでの自分の動きを捨て切れなかった。動きを捨てる勇気はあったものの捨てる方法を知らなかった」と。そして整骨院・鍼灸院「立川堂」の佐藤憲一氏のもとに毎週一度通い、背骨を自由に動かして全身を運動させ故障・限界知らずの身体を取り戻すことに気付いたそうだ。

さらに宮塚氏は「頭で考えずに人間本来の動きを感じる」、「背骨を左右にユラユラ揺らす」と書いて、背骨を揺らして歩く写真が沢山掲載されている。これを見たら「アメリカの黒人たちのヒップホップな歩き」のようで、彼らならカッコ良いが、私たちがマネすると変な人と見られてしまうが最近の若者ならやれそう。R&Bのリズムを体に現して歩く黒人たちが、競技でリズムよくリラックスして心身の力を発揮することと関係あるのだろう。余談ながらこの数年「よさこい・ソーラン祭り」が全国各地で展開しているが、大阪でも神戸でも沢山のグループが出場して踊りを競う祭りが盛んだ。リズムに合わせパワフルに踊り元気一杯自己表現しているのは大半が女性たちである。このハツラツ元気なウーマンパワーの動きを見ていると、日本の女子がマラソンや他の競技で活躍するのと根っこが同じでありそうだ。

神渡良平著「春風を斬る」の中で、明治天皇の指南役であった山岡鉄舟は皇居から横浜、小田原、箱根を越えて三島・円通山龍澤寺まで座禅を組みに通ったと書かれてある。距離は往復260キロ、それを月に2回ぞうり履きで二日間で往復したそうだ。もちろん走らないと往復できない距離で、食べものもお茶漬けやおにぎり、服も木綿など重たい服だったろうし、雨風をどのように凌いだのか。お寺についてスグに座禅を組んで、江戸城へ引き返す、それを3年間も続けた。

考古学者シュリーマンの旅行記「清国・日本」を読んだら、この時代の街道筋の状況や日本人の生活ぶりが詳しく書かれたあった。街道は茶屋があったりして人通りが多く、途中休憩したり飯を食べるような場所はいくらでもあったようだ。シュリ−マンが横浜に滞在していた時、イギリス人6人と絹の生産地で手工芸の町の八王子へ馬を借り、馬丁7人を雇い連れ立って行ったとある。「馬丁は下帯だけの素裸で、馬とスピードを競うかのように駆け足で我々の後を追った」と書かれてある。1865年6月18日から20日と日付も書かれてあり、天気は土砂降り続きだったそうだ。

また、シュリ−マンが江戸への街道を馬に乗って全速力で向かった時も、「全身に刺青した馬丁が馬の速さと競うようにあとを駆けてきた」とある。こうした記述を見て驚く事だが、なんと厳しい環境でも平然とふだん着で長い距離を移動していた事が分かるし、その疲れ知らずの持久力に驚嘆する。最近出版された「ナンバ」についての本では、走るという行為は飛脚や籠かき、忍者という限られた特殊技能だったと変な事が書かれている。しかし、そんな不自然な事はないだろうと私は思う。子供の時は走って遊んだろうし、大人も必要に迫られたら走ったろう。私たちも素足で歩くと足の裏が痛くて神経が敏感になり、下腹がきゅっと締まった姿勢になる。草履でも石の上を歩くだけでかなり痛い。毎日石だらけの街道や山道を歩き続けると、腹が据わった体になるに違いない。それは武芸者であろうと、旅人であろうと、農民であろうと同じで、飛脚だけが特別な足の裏をもっていたと思わない。岩や根っこが飛び出した場所で子供の時から裸足で育つと、どんな運動能力が育ち、生きる姿勢が生まれるか。底の厚い靴を履いている私たちの世代と、昔の人といろんな点での運動能力の差が生まれると思う。

したがって「長い歴史の大半、裸足生活の人たちが自然に身につけていたのが「ナンバ」であって、現代の靴文化になって踵をガンガン地面に当てるような歩き方が始まった」と考えても変ではない。足の爪先だけに履く「半足」という草鞋などは、まさに「爪先歩き」が普通であったことを証明している。爪先歩きをすると、当然腰から歩く「ナンバ」になる(こう考えると女性の高いハイヒールも悪くない)。右手と右足(あるいは左手左足)が同時に出す動作は、何も昔の事ではなく、よく観察すると私たち現代人の日常生活のあらゆる事に使っている。テニス、ゴルフからクワで畑を耕すような日常の道具を使った動きはほとんど「ナンバ」であり、従って、歩く、走る、泳ぐも「ナンバ」が正しいということになる。

最初に紹介した山下さんのように「膝や足首の動きを制限すると股関節を中心とした運動に変化し、自己新が出た」ことに気付くのは大変まれなこと。自己新を出なかったら山下さんは気付かなかった。気付いても実行しなかったら、それまで。「縁に気付いて、縁を生かさず」という言葉があるが、読者も「ナンバを知って、ナンバを生かさず」に終わらないよう実践してみてください。実践すればするほど周りに同じ動作があることに気付き、それを生かし始めると面白くて夢中になり健康になります。
(2004年10月記)

<<前へ  ページのトップへ  次へ>>

Copyright Masahiro Shimizu. All rights reserved.