平成13年2月19日(月) 朝日新聞朝刊「論壇」

「まちづくり」に新たな付加価値を


 神戸の月刊情報誌「まち・コミ」二月号に、発行人の田中保三さんが、神戸市の都市計画局担当課長から、「天声人語になんであんな事を書かせたのか。当局は最善を尽くした」という苦情を受けたと書いておられる。
 
一月十七日付け本紙「天声人語」は、前日に続き長田区の復興状況を取り上げ、復興計画に住民の意思が十分反映されていないと指摘した。田中さんはその取材に付き合った。担当課長は、それが不満だったようだ。
 
田中さんは、阪神大震災で、経営する自動車部品販売会社の本社社屋と倉庫が焼失した。住民が戻らなければまちの復興はできないと、「まち・コミュニケーション」(代表 小野幸一郎さん)を組織し、集合住宅「みくらファイブ」を建設した。自社の所有分を提供し、地域の子どもやお年寄りが集えるスペースをつくり、「まち・コミ」で、「まちづくり」に関する情報を全国に発信している。
 
戦後復興の過程で、神戸市の都市経営は、全国的にみても優秀だったと評価できる。「株式会社神戸市」は「最小の費用で最大の効果」を旗印に、都市計画を推進し、ポートアイランドや西神ニュータウンの建設など大きな成果をあげた。しかし、この成果の上に立って、今や住民は、「自分たちが参加したまちづくり」を求めている。この流れは被災地固有のものではない。
 貧しい時代には、行政にお任せで、出てきたプランに文句を言い、補償金をかすめとろうという住民もいたが、進化してきたのだ。特に被災地では、震災をきっかけに、「行政に任せっぱなしでは、まさかのときに自分たちの生命と財産は守れない」と実感した人が大勢生まれた。
 担当課長には、「費用対効果率の高い復興計画を一生懸命作成し、がんばっている」という思いがあるのだろう。しかし、これは二つの意味で間違っている。
 まず、今や「費用対効果」の「効果」が、あがらない。
社会資本が整備された、現代の日本のような「豊かな社会」では、例えば立派な住宅を建てても、「住民の満足度」という効果の増加率が、微々たるものにとどまる。同じ費用をつぎ込んでも、効用の上積みが、だんだん少なくなる。
 つぎに、住民は、行政が提供するサービスに、「自分たちが参加した実感」という付加価値を求めている。田中さんらのように、住民同士で意見の調整をし、専門家の協力を得て、まちづくりの立案と実行ができる人も出てきた。
 震災復興事業に限らず、公共事業には、住民参加、社会的弱者や環境への配慮など、新たな付加価値が必要だ。
非営利組織(NPOやボランティア団体に、住民からの意見聴取や環境調査をできる限り委託し、要件を満たせば、事業経営そのものを任せてはどうか。住民の満足度はあがり、これを契機に、住民意識が向上し、経営能力を持った人材と組織も育つ。
 行政の担当者たちは、提供すべき商品(行政サービス)の構成を見直すべきだ。
 私たちの震災体験手記集の第五巻に、北海道の元JR駅長さんが、「東京大空襲の救援隊に参加した経験者には、阪神大震災の被災者が極楽に見える」と投稿された。
 たしかに、阪神大震災の被災者は、社会との窓を閉ざさなければ、最低限の衣食住が保障されている。しかし、けっして極楽ではない。両者には、人命と仕事や財産を失うという共通点があるが、その先の苦悩と
要求が違うのだ。阪神大震災の被災者の課題は、背景の「豊かな社会」を無視しては、理解できない。
 
私たちの会に寄せられる手記には、肉親や近隣とのあつれきや、将来への不安、自分にふさわしい仕事や生きがいの見つけにくさを訴えるものが多い。被災を機に人々の心に露(あらわ)になった、れらの課題は、日本の社会全体が共有しているものだ
 
被災地では、コミュニティ活動や、ボランティア活動が活発になった。そしてこれらに生きがいを見出している人が大勢いる。被災地には、日本社会の課題の克服のヒントが満ちている。
阪神大震災を記録しつづける会
代表  高森 一徳
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