未来の被災者へ“遺産”

「阪神大震災を記録しつづける会」が毎年、出版してきた体験手記集の最終巻(全10巻)が、今月20日に刷り上がります。しかし、この活動を引っ張ってきた代表者の高森一徳さん(57)は今月6日、本を手にすることなく、急死されました。

 未曽有の災害を記録することはとても難しいことです。「何を」「誰に」「どう」伝えるのか。災害報道に長く携わる者なら誰しも悩みます。高森さんは、そんなテーマを、震災担当記者たちとも語り合ってくれる人でした。泉は、悔しくてなりません。

 高森さんと一緒にやってきた人たちに、この会が10年間、何を目指し、何をしてきたのか、お聞きしました。

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 同会の編集総括を務める金沢市の小橋繁好さん(58)は震災当時、東京の新聞社に勤めていました。直後に「何か自分にできることをしたい」と、旧知の高森さんから電話を受けたそうです。頼まれて関東大震災関係の本を探しましたが公式記録などはあっても、被災者自身が記したものはほとんどありませんでした。「これだ。被災者の手記を集めよう」。高森さんとそう決めました。

 いったん「記録する会」とした名前を「記録しつづける会」に変えたのも高森さんです。当初から目標を10年と決め、長く続けることに主眼を置いたのです。想定した読者は「未来の被災者」でした。

 校正を担当してきた大阪市の井原悦子さん(58)は、神戸市出身で、やはり「何かできることはないか」と思っていて、小学校の同級生だった高森さんの呼びかけに応えました。こうして「何かをせずにはいられない」人たちが集まりました。

 衣食もまだ確保しきれない時点で「記録を残そう」と言い出すことは、勇気が必要だったと思います。でも、震災翌月、1995年2月から手記を募り、この年の5月出版の第1巻には、240編が集まりました。

 始めること以上に難しいのは、続けることです。年月がたって投稿が減っても「その事実がまた、記録だから」と、高森さんは動じませんでした。仲間にも言わず、身銭で活動資金を賄ったこともあったようです。

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 出版社を経営する傍ら、活動に力を注ぎ、忙しく過ごしてきました。無理もしたのでしょう。ここ数年は体調がすぐれなかったようです。亡くなる前日は妻の香都子(かずこ)さんと近所を散歩して、本の仕上がりや出版記念会を楽しみにしていました。仲間は高森さんの無念を思いました。

 最終的に、10冊の本に434編の手記が載りました。小橋さんは、「この記録がどれほどの価値があるのかはわかりませんし、すぐ役立つものではないかもしれない」と言います。でも、「将来、きっと何らかの力を発揮する」と信じています。

 そして、この活動は、手記を寄せた人たちにも、大きな意味がありました。

(2004年12月18日)