大震災「最後の記録集」 (2003/12/14)

 暮れも押し詰まってきました。年が明ければまた阪神大震災があった1月17日がきます。あれから9年です。

 以前、「泉」でもご紹介したことがありますが、神戸市西区に「阪神大震災を記録しつづける会」という団体があります。震災の体験手記を募って毎年、記録集を出版しています。第9集がこの秋できあがり、第10集の募集を始めたところです。

 今度が、〈最後の記録集〉になるそうです。

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 同会は、同区の出版社経営、高森一徳さん(56)が中心になって、震災直後に発足しました。多様なボランティアがある中で、記録を残すことにこだわったのは、ご両親が被爆者だったことと関係しています。

 高森さんのお父さんは、晩年になって被爆者手帳を申請しました。そのとき広島にいたと証言してくれる人を探すのは難しそうに思われましたが、一つの記憶がかぎとなって、手帳が下りました。爆心地の橋のたもとに掲げられていたげき文を覚えていたのです。チョークで書かれたげき文は、その後すぐ消えたので、直後にそこにいたという手掛かりになりました。

 「誰かがげき文のことを記録してくれたから、手帳がもらえた」。お父さんの言葉は、高森さんの胸に焼き付きました。

 「私たち自身が残す記録が、いつか役に立つかもしれない」。仲間とともに会の活動を始めたのは地震の翌月。今のようにインターネットが普及していないころです。「手記募集」のチラシを、避難所の入り口に一か所ずつ張って歩きました。新聞に告知も載せました。

 「この大変なときに、何が体験手記やと言われるかな」とも考えましたが、3月の締め切りまでに240編もの作品が寄せられました。このうち74編が第1集「被災した私たちの記録」になりました。

 ピアノの下敷きになった女の子の悲鳴、曇りでもないのに火事の煙で灰色になった空、地震直前にうずくまってほえだした犬――。体験した者でしか残せない生の記録です。

 「10年は続けよう」が当初からの目標です。5年を過ぎたころから投稿はがくんと減り、第8集は14編になりました。体験していない人の間では、
震災への記憶がどんどん薄れてきます。「一番伝えるべきことって何なんでしょう」「忘れてはいけないっていうけれど、被災者には忘れることも必要なのでしょうね」。も高森さんと二人で、考え込んだ日もありました。

 それでも年月がたって初めて書ける記録もあるようで、第9集には、奥さんを亡くされたお年寄りの記録や、お母さんから
震災の話を聞いた10歳の女の子の作品など15編が載りました。

 「次が最後ですから、初期に投稿していただいて音信が途絶えた方々のフォローアップも考えています」と、高森さんは話しています。

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 締め切りは、来年9月末。詳しい募集要項は、同会事務局や、ホームページ(http://www.npo.co.jp/hanshin/)でわかります。