ボランティア  「豊かな社会」の生きがい
(高森 一徳

 阪神大震災と過去の災害との相違点には、150万人を超えるボランティアの出現も挙げられる。今までの大災害では主に地元や近県の有志が支援活動をした。しかし、阪神大震災では遠隔地から大勢のボランティアが駆けつけた。

 だが私には日本人が急に慈悲深くなったとは思えない。バブルの崩壊の後、中途半端な豊かさの中で、日常生活を重苦しく感じ、非日常的な空間を求める人々が世代を超えて大勢生まれた。この人たちは旅費と当面の生活費を持って被災地に入った。「豊かな時代」でなければ、こんなに大勢の人たちは動けなかったはずだ。
 現代の日本の「豊かな社会」では、生きがいが見つけにくい。ボランティア活動は、有力な選択肢だ。

 私たちは支援を受ける人々の尊厳についても考えるべきだ。人は困っている時ほど他者の痛みに対する感受性が豊かになり、自分が他の誰かのために役立ちたいと考える。社会的弱者が行政やボランティアの助けを一方的に受けるのではなく、社会のなかに自分の役割を見付けて貢献し、それが心の癒しにつながるという道筋も必要だ。「困っているから、ボランティア活動に取り組む」という構図があっていい。

 「豊かな社会」とは、自分が社会の役に立つと感じられる受け皿が豊かにある社会ではないだろうか。