西宮市 Aさん

 (電話で)   女性  (年令60代)

1995年1月17日はいつ目が覚めましたか

地震の時にはもう目が覚めていました。

揺れてどうしましたか

ガタガタドカとタンスなどが倒れてきました。その直前に主人が「こども」と 叫んで起きようとしたので、「布団をかぶってください」と、私は大声で叫び、 私も布団をかぶりました。考えてみれば、夫はとっさにこどものことを考えたけ れど、私は自分のことしか考えていなかったのです。

揺れてどうなりましたか

主人の枕元に置いていた除湿器に本箱が倒れ、除湿器に支えられた格好で本箱 は止まっていました。主人の頭がちょうどその間に入っていた感じです。
洋服タンスは動きましたが、倒れはしませんでした。
雨戸やガラス戸は外に飛んでいました。
娘たちの部屋は本の整理中だったので、積んでいた本に埋まりました。
娘の頭は空になっていた本箱にはまっていましたが、怪我はなく幸いでした。

当日困ったこと

お水が無かったので、水道管が破裂した所に水を汲みに行きました。
食物はお菓子くらいしかなかったので、スーパーに買いに行ったのですが、行 った時はもうお店は空っぽでした。
吹田に住んでいる娘がカセットコンロとインスタントの食物をたくさん持って 、夕方来てくれました。それで、やっとまともなものを食べた思いがしました。
それから後は避難所の学校へ、カセットコンロを持ち込んで、ご飯を炊き、海 苔や佃煮を持ち寄って皆で食べていました。
友達がウエットティッシュや下着を送ってくれたので、とても助かりました。
被難所生活を5日くらい続けて、大阪に出ました。
猫がショックでおしっこをしなくなって、可哀相でした。翌日の18日になっ てやっとおしっこをたくさんしました。
グランドピアノが足にはめていた靴を脱いで、40センチほど離れたところの 床に、穴を開けてはまっていました。フエルトのカーペットを抜いて3、4セン チも入っていたのです。ピアノの靴は10センチ四方の金属性で靴の深さは4、 5センチもあります。

その後どんなことに注意していますか

地震後移った新しい家では、家具に突っ張り棒とか、家具留めを使っています 。
非常袋はまだ準備していません。
風呂の水は翌日使用するために、いつもとっていたのですが、あの日は揺れて 無くなっていました。

木造2階建    築後24年   全壊   (移転直前)


西宮市 Bさん

 (電話で)      女性 (年令50代)


1995年 1月17日はいつ目が覚めましたか

揺れで目が覚めました。

どんな揺れでしたか

どんな揺れだったかよく分からなかったのです。1度止まって、又揺れた感じ だったように思います。

揺れてどうしましたか

私は1階に寝ていましたが、揺れている最中の、真っ暗な中を88才の母親が 、そして25才の留学生が、2階から降りてきました。皆に怪我はなく、ほっと しました。皆、ベッドを使っていました。

揺れてどうなりましたか

揺れているときは分からなかったのですが、後で家具が倒れたりしていて驚き ました。

当日困ったこと

懐中電灯は置くところを決めていたのですが、暗くて結局分からなかった。

その後どんなことに注意していますか

懐中電灯など、リュックの中に入れて、手近に置いています。

その他

前の日の夕方6時ごろ小さな地震があり、話題にしたのを憶えています。


建物の種類 木造2階建  築後 28年
半壊 補修費用 約1000万円


西宮市 Cさん

 (電話で)      女性  (年令60代)


1995年 1月17日 はいつ目が覚めましたか


いつも私は割合早く起きるの、この日も地震の5分ほど前に目が覚めて、「 もうしばらく寝ていよう」などと話していました。

どんな揺れでしたか


爆発したような、トラックかなにかの大群が突然、瞬時に押し寄せたような そんな奇妙な音がして、何だろうと思った次の瞬間、上下の激震が起こりました 。どんな風だったかはよくわからないのですが、放り飛ばされた感じでベッドか ら落ちました。落ちた後どうにも立ち上がることが出来ませんでした。揺れは横 揺れも混じっていたのでしょうが、ドンドンという縦揺れしか感じませんでした 。地震はぐらぐら揺れるものと思っていたので、地震と分かったのはおさまる直 前くらいでした。

揺れてどうなりましたか
寝室には何も置いていなかったので、何かが倒れたりする事はなかったし、 木造2階建てでも、寝室の上には2階部分が無かったので、助かりました。ベッ ドが、キングサイズの大きなのが人を乗せて移動していました。隣の部屋を開け てみると天井が落ちていて驚きました。隣の家が4メ−トルほど突っ込んで、母 の部屋もつぶれていました。私たちはその前日にスキーから帰ったので、母はそ の日までよそに滞在していて、命拾いをしました。雨戸、ドアなどどこも開かな くなっていました。玄関近くの小さな窓がやっと開き窓の格子を夫がねじまげて 隙間を広げ、外に出ることが出来ました。後で調べてみると、大きな戸は家の歪 みで、動かなくなっていましたが、小さな戸や窓は動くのが幾つかありました。 父が関東大震災に遇っていたので、次のことをこどもの頃から言われて、その通 りにしていました。今もそうしています。娘たちにもそうさせています。
★ 寝室には物を置かない
★ 玄関への通路の足元には物を置かない
★ 服は脱いだ順にたたんで置いておく
地震の日は前日スキーから帰ったので、枕元にはスキー服が置いてあり、下 にあまり着ていなかったけれど、寒い思いをしないですみました。その週はずっ とスキー服で過ごしました。
当日困ったこと
 17日は冷蔵庫にあったものを食べました。冷蔵庫は倒れていたのですが、 ヘル    メットをかぶって、炊事場に入り、調達しました。水は近くの2ヵ 所に給水車が来てくれました。またお風呂屋さんが井戸水をみんなに提供してく れました。またそのお風呂屋さんは無料のお風呂券を配るなど、皆に喜ばれまし た。
その後どんなことに注意していますか
貴重品(お金、印鑑、貸し金庫の鍵、電話、アドレス帳、免許証など)を枕 元に。
寝ていた部屋の家具の配置と地震後の位置
庭は2階が崩れて落ちた瓦礫で埋まってい ました。ベッドから落ちて、立ち 上がれなくてよかったと思いました。もし動けたら、庭に飛び出していたと思い ます。 地震の前の爆音は地鳴りだけでなく、建物が壊れる音が混じっていたの ではないでしょうか、高速道路があのように倒れたら、音だってすごいはずです よね。 新しい家は12月に引渡しがすんだのですが、家の中は空っぽで、話し 声が反響しているのです。布団も何も無いので、お正月にはスキーに行きました 。お布団などは倒れた家から引き出したのですが、被災して何もない人たちにあ げてしまい、家には何も残っていないのです。

建物の種類    木造2階建て  築後? 全壊 
再建はツーバイ フォ−基礎はベタ式基礎       
家の他に外塀の正面が170万円 脇に植樹を追加して200万 円

ベタ式基礎
 耐震性のベタ式基礎という工法で再建しまし た。坪単価は標準の倍くらい になります。 ベタ式基礎は底に鉄筋を縦横に並べ、コンクリートを流して、い わば鉄筋コンクリートの板を作り、その上に建物を乗せるという感じです。地面 を強化整地することも大切なので、割高になるのでしょう。 
おかげでお金が無くなり、塀は前面だけ、脇の方は2段くらいの低い ものに なり、みっともないので、代わりに樹木を植えました。 還暦を過ぎた夫もまだ まだ仕事を続けなければいけなくなりました。そのうちに家を食べなければいけ なくなるかも知れません。
追加 1年間石垣島の被災者用住宅を借り 、友達にも来てもらいました。石 垣島は以前から行きたかった所で良かったです。

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