デマ


  本多 勝利 五十一歳 長崎県島原市 

 私は、あの火砕流で有名になった雲仙の普賢岳の近くにある島原市に住んでいます。そして火山灰や土石流でかなりひどい被害を受けました。しかし不思議に島原市内は、火砕流の被害だけは殆ど受けませんでした。なぜかといえば普賢岳の前に眉山という高さ九百メートルの山があり、それが火砕流から市民を守ってくれていたからです。
 しかし、その後眉山が崩壊するというデマが広がり、市内は大パニックに陥りました。デマは半日で人口四万五千人の市内に広がりました。
 そのデマが広がる要因が、一つあったのです。それは江戸時代に普賢岳の爆発のあと数カ月後、眉山が大崩壊し津波も発生して、島原と対岸の熊本の人々合わせて数千人が死亡しているのです。このできごとは今でも「島原大変、肥後迷惑」という言葉で語り続けられています。島原の人の頭の中には、この史実がこびりついて離れないので、ちょっとしたデマでもすぐパニックに陥ったのです。
 このデマが広がったあと、火山学者が新聞に眉山は大丈夫とコメントを出したのですが、全く効果がありませんでした。眉山に「亀裂が見つかった」とか「小さな崩壊が発生した」とか、前よりひどいデマさえ流れました。そのデマでお年寄りが心臓マヒで亡くなったし、小さな子供がいる家庭は、県外に一時疎開させたり、商売を休業して遠い親戚のところに避難したりする人も大勢出ました。
 デマの怖さは最初は小さな話でも、最後には途方もなく大きな話になってしまうことです。またデマを流す人はほんの一握りの人で、責任感のないおしゃべりな人が多いようです。たった一人の人間が流したデマはネズミ算的にテレビや新聞などのメディアより、速く伝わるようです。
 関東大震災でも、「家の中が安全」とか「あの場所に避難すれば安心」とか、根拠のないデマのために大勢の死者が出たと聞いたことがあります。デマの本当の怖さは、ハプニングのときに、人間の思考能力を失くさせることです。
 私の災害体験から言えば、災害に遭うと、自分一人では何も判断できません。結局は他人の意見を聞いて、判断しているようです。どうも日本人は普段から一人で行動することが苦手なようです。だから外国旅行に行っても、どうしても団体行動をとるようです。団体行動の怖さは一人の意見が間違っていると、全員が危険な立場になるということです。
 このデマは、これから発生する可能性のある震災に対して、大きな弊害になります。震災が発生した地域の交通対策とか住宅対策とか復興対策などが、このデマによってかなり影響を受けると思います。
 島原市でも災害後、六年が経っていますけれども、まだ復興計画の二割ほどしか達成できていません。その原因は補償金とか土地買収などに関しての、つまらないデマのせいです。災害がおさまって生活が一段落すると、人間は目先の金、土地、家などにとらわれます。ここからまた、つまらないデマが発生してきます。
 島原市では肉親による補償金をめぐる傷害事件や土地買収の詐欺事件が、多数発生しています。これも殆どデマが原因のものです。だからこれからは震災におけるデマを研究する機関があってもいいと思います。