春夏秋冬

  桜井 義信 四十九歳 無職 神戸市西区 



 私は今生きている間に書いておく。この先、生きて行く勇気、力がない。地震で生き埋めとなり、この一年以上頭痛、めまい、しびれ、首の痛み、耳鳴りに悩まされた。肋軟骨の痛みもある。精神的苦痛、怪我と病気と、一人暮しの孤独と不安、不眠、毎日が私にとって地獄のような生活だ。明日への希望が全く出てこない。
 主治医からも痛みの原因がよくわからないと言われた。切って開いて見るだけでもとお願いしたが、それもできないと言われた。手術できない場所だと言う。それなら自分で痛い所を切って中を開いて先生に診てもらうしかない。
 また身体障害者の証明書の交付をお願いしたが、それもだめ。多分手術していないからだろう。私はただ私の怪我の証明、病名が知りたいだけでお願いしたが、傷病名すらはっきりしない主治医判断に、治療にも困っている。そんな先生の顔を見ると私も不安になる。
 寝るときも睡眠薬で寝る。その時だけ痛みを忘れる。しかし夜中に痛くなりぐっすり眠れない。歩くことさえ苦痛で、洗濯、掃除、まして料理などできない。簡単な物ばかり食べている。パン、ラーメン、バナナとそればかり、温かい物が食べたい。主治医にも、これだけの痛みと頭痛がわかってもらえない。
 残念無念悔しい。この一年間何度死のうと思ったことか、毎夜神に祈っている。寝ていると涙が出て止まらない。何度もこのまま永久に目が覚めてくれるなと願った。
 別れた妻が、息子と別の仮設住宅にいる。その子にすまない。お父さんは先に行く、先に死ぬ、ごめんねと毎夜、一年もつぶやき続けた。まだこれからも続くのだろうか。朝になると目が覚め、ああ今日も自分は生きている、また痛みが始まる、なぜ目が覚めたのかと思う。
 また睡眠薬を飲む。それは痛みを和らげる。夜は寝るために飲み、昼間は痛みを和らげるために飲む。本当によく効く。しかしそのための副作用がある。足がふらつき、意識がもうろうとする。また胃も痛くなりだした。しかしそれでも飲まずにはいられない。仮設は夏暑く、冬寒い。電気代、ガス代、生活費と二重苦、三重苦で夢も無く本当に死にたい。隣のテレビの音、子供の暴れる音、私は静かに寝ていられない。この平成八年私は生きていけるだろうか自信がない。自分でいろいろ薬の飲み方、怪我の手当の仕方を試したがやはり痛みはあの地震のときの痛みと変わらず、通院治療中だが、治る気配が全くしない。この痛みをなんとかするには、やはり自分で切るしかないのか。
 今神戸はめざましい復興を遂げているが、私だけでなく怪我、病気、家の問題で苦しんでいる人達が大勢いる。まずその人を助け、生きる希望を与えてください。神に祈り、仏に祈り、藁にもすがる思いで毎日を生きているが、本当に疲れた。
 同じ自宅全壊でも少しの物でも取り出せた人もいれば、私のように裸足でパジャマで病院をたらい回しにされ、五軒目の須磨赤十字病院に入院し、退院すると家は無く更地になっており、本当の裸で投げ出された者もいる。
 たまに神戸の市街地へ行くと目覚ましい勢いで復興している。春には桜もあったが見る力、勇気がない。それを見れば昔のことを思い出してよけいに悲しくなる。だからすぐ帰る。春の桜も、秋の紅葉の美しさも目に入らない。しかし生きているかぎり春夏秋冬は必ずくる。
 被災者の中には、私のようにたった一人で仮設で苦しみ、叫び、辛く孤独で毎日を怪我や病気と闘っている人がまだ大勢いるはず。私だけではないはず。皆さん勇気と力を、生きる希望を持って、いつか必ず良い時がくると信じて生きてください。これは人ごとでなく自分自身にそう言い聞かせている。
 最後に病院の先生方、福祉の方ありがとうございます。特に私はチビクロボランティアの方々に大変お世話になり、どの行政機関より、心から感謝しております。その人たちのため、自分のため、精一杯がんばります。