調律

 大澤 昭公 五十七歳 ピアノ調律師 大阪府箕面市 



 地震の起こった時刻には、日課の宅配便の仕分けアルバイトに軽自動車で向かっていました。住まいは大阪府箕面市で、震度は5でした。幸い身内にけがもなく家も無事だったのですが、私の本職はピアノの調律師で、しかも、お客の八割以上は神戸市内でした。二月一杯までの仕事はすべてキャンセルとなり、ほとんど無収入となってしまいました。
 しかし、住む家もなく肉親を失った人も数多い現実をテレビや新聞で見た時、もっと大変な人が大勢いるんだと思い直し、私はせめて自分のお客さんにでもと震災お見舞いのはがきを送りました。反応は意外に早くきました。
 「古い家を昨年建て替えたので大丈夫でした」
 「隣の神社の石灯籠が壁を破って家の中に飛び込み、ピアノが倒れました」
 「ピアノの前でおばあちゃんが寝ていたのですが、反対側に置いてあったスチール製の机が飛び出してきて支えてくれて下敷きにならずにすみました」
 「家はもちましたが、ピアノが倒れてめちゃめちゃです。できるだけ早く見にきてください」
 「ピアノを二階に置いてありますが、今も余震で揺れています。今日にでも運び出して、買い手がなければ捨ててください」
 しかし、何枚かのはがきはあて先不明で返ってきました。電話番号を頼りに連絡すると、知人の家に電話だけもって身を寄せている方もおられました。
 「家もピアノもつぶれてしまいました。命が助かった時は家族皆で『よかった、よかった、生きていればまた皆で暮せる』と喜んだのですが、こんなにつらい思いをするのならあの時死んでしまった方がよかった」と、電話の向こうで泣かれた時には、慰めの言葉もなくただ、「頑張ってください」と繰り返すだけでした。
 地震から一年たった、平成八年一月に、朗報第一号が入ってきました。全壊した自宅を新築した方から、「預けていたピアノを運び込んだので調律に来てほしい」と弾む声で依頼がありました。それに続いて、芦屋市の方から、「ピアノを持って四度引っ越しましたが、やっと落ち着きました。もう大丈夫ですから、一度来てください」との依頼も来ました。
 お客の全部から弾む声が届くのには、まだまだ時間がかかるでしょう。世間では、地震を過去のこととしているようですが、現実にはまだ震災と戦っている人が大勢います。私の仕事を通じてだけでも、それを痛切に感じます。