薬代

  松野 裕 三十一歳 薬剤師 明石市 



 「今日はお借りしていました薬代を全部支払わせていただこうと思います。病院の方も全額清算してまいりましたから」、そう言ってYさんはジャケットの内ポケットから一万円札を取り出しました。薬を受け取るたびに「ありがとうございます」と言って深々と頭を下げられる、上品な初老の紳士です。
 私は調剤薬局の薬剤師です。薬局はJR新長田駅の北側にあり、近くに開院しているK内科医院の処方箋を主に受けています。院長であるK先生は白髪の温厚な医師で、七十歳という高齢にもかかわらず、震災後すぐに積極的な診療を再開されました。
 みなさんは震災直後から「被災者一部負担金免除」という制度が設けられていたことをご存知でしょうか。健康保険を使った場合、通常は医療費の一割または三割を支払わなければなりませんが、被災者に関しては国がこれを免除するという制度です。
 我々医療機関の人間はそういった患者さんに対して、保険請求のときに赤で請求用紙に(免に◯)と記入して提出しなければならなかったので、これを通称「マル免」と呼んでいました。「マル免」には制定されたときから「この制度は半年間に限ります」という期限がついていました。
 これがいったいどういう経緯で決められたのかはわかりませんが、社会保険に関しては当初の約束どおり五月三十一日をもって中止となり(全半壊の人は十二月三十一日まで延長)、国民健康保険に関しては十二月三十一日まで延長するという通達が入りました。
 長田区の私の薬局では殆どすべてが「マル免」の患者さんでした。ただこのあたりは国民健康保険への加入者の方がだんぜん多いため、社会保険の「マル免」が中止になった時点ではそれほど大きな変化はありませんでした。しかしその半年後、国民健康保険の「マル免」が中止になった日をさかいに、来局される患者さんの数は急激に減少しました。全体の四分の一ほどの患者さんが来なくなってしまったのです。
 来なくなった患者さんの大部分は医療費がタダのうちにたくさんの薬をもらっておこうと考えていた人たちかも知れません。しかし薬歴(調剤薬局では患者さん一人ずつに対して、今までに渡した薬、副作用、気づいた点などを細かく記入し、薬歴として保存しているのです)を見た限りでは高血圧、狭心症、糖尿病などの慢性疾患で、明らかに薬を飲み続けなければならないであろう人の中にも、十二月末をもって来られなくなった人が十数名いました。
 私はそのような患者さんで二月に入ってもまだ来局されない人を書き出し、K先生に相談しました。K先生も同じようなことを考えていたらしく、カルテを調べて「一度こちらから電話してみます」と答えられました。その後一週間ほどの間に、私がチェックした患者さんたちがしだいに来局されはじめました。来られた患者さんの殆どは生保(生活保護のことを我々は生保と呼び、この方たちは医療費が全額免除となります)の承認を受けたか、あるいは現在申請中という人たちでした。ただ一人だけYさんに関しては事前にK先生から電話が入りました。
 「この方、地震で経営されていた工場が壊れてしまったそうです。生保の申請は出されたようですが、工場の土地がまだ自分の名義だとかで、生保の資格がおりないそうなんですよ。といって薬を中止するとちょっとまずい状態です。こちらは診療費の支払いをしばらく待つつもりでいます。そちらでもなんとか都合してあげてもらえませんか?」
 薬局に入ってきたYさんの顔は赤みがかって、一見お酒が入っているように見えました。しかし近づいてもアルコールの匂いはせず、その荒い息づかいから、血圧がかなり上がっているための赤みであろうことがわかりました。処方箋の内容も前回と比べて降圧剤と利尿剤が三種類ほど追加になっています。私が薬を渡そうとするとYさんは、
 「あのう……、薬代いくらになりますか? あまり持ち合わせがないもので……」と申し訳なさそうに訊ねられました。
 「あっ! お手持ちがなければいつでも結構ですよ。他にも未収にさせていただいている患者さんは大勢おられますから」と話しました。これはとっさに出た私の嘘です。しかしYさんはほっとした顔をして、
 「そうですか。じゃあしばらくの間お借りしておきます」と頭を深々と下げられました。Yさんは定期的に来るようになりましたが、薬代に関してはこちらからは何も触れないようにしていました。こうして三カ月あまりが経過した時のことです、Yさんが薬代を支払うと言われたのは。私は少し躊躇しながら薬歴に書いてある未収金の合計金額を告げました。
 「合計二万六千九十円になりますが……」、Yさんは何も言わずに手にしていた二万円に内ポケットからもう一万円を取り出して加え、窓口に差し出されました。私が無表情を装いながら領収書とおつりをマットの上に置くと、Yさんはそれを丁寧に内ポケットに戻し、
 「ありがとうございました」と頭を下げて出て行かれました。それ以降Yさんはまた姿を見せなくなりました。一カ月ほどが経過したとき「今度は薬局の方から連絡してみます」とK先生に言って、私がYさん宅へ電話をかけたことがあります。しかしその時に聞こえてきたのは「おかけになった電話番号は現在使われておりません」というメッセージでした。