心の亀裂

  女性 三十四歳 主婦 明石市 



 あの地震は一生忘れることはできません。私は生まれてからずっと明石市に住んでいますが、あんな大きな地震は初めて体験しました。大学生のときにも山崎断層が起こした地震を体験しましたが、今回の地震と比べるとなんとかわいらしい地震だったことかと思えます。
 十七日の夜は家で眠ることができず、車の中で一夜を過ごしました。カーラジオから聞こえてくるアナウンサーの絶叫「熊見(神戸女子商業高校)が燃える」、この声を聞いたとき、頭の中に神戸デパートやその周りの商店街が思い出され、東の方の被害状況は、きっと悲惨なのだろうと思い、自分たちのこれからはどうなるのかと心配していました。しかし、自宅マンションは住むことができ、近所にある私の実家も無事なので一安心していました。
 実は二月四日に主人の兄が実家のある東京で結婚式をする予定でいました。私達一家も出席するつもりで準備をしていましたが、地震で高速道路も倒壊し、交通手段がなく東京まで行くことは到底できない状況でした。
 しかし、主人は一人で東京へ行ってしまいました。余震の続く被災地に妻子を置き去りにして、自分だけ避難していきました。こんな状況の中で普通妻子を置き去りにするでしょうか。
 私は主人に「自分だけ逃げるのか」と詰め寄りました。でも主人は、
 「逃げるのじゃあない。結婚式に出席するだけだ」と言い張り、お祝い金を十万円持って行きました。この先マンションの補修費用が必要になってくるときに、十万円も持っていかれるのは非常に困るのですが、主人は見栄っ張りなためにこれでも足りないくらいだと言っていました。
 結婚式の前日、主人が東京の実家から電話をしてきました。親戚一同、酒盛りをしている様子が受話器から聞こえました。電話に出た義父に、私がマンションから避難していった友達にマンションの復旧状況を知らせる役目をしていると言うと、酒に酔った上機嫌な声で「ボランティアか」と言われました。
 このとき、私は所詮嫁は他人、夫婦も他人、いざとなればもっとも冷酷になれるし、自分の身内が一番大事なのだと思い知りました。私はこの先主人と一緒に老後を過ごす気はありません。まだ子供が小さく、私の職を見つけるのは困難ですが、一日も早く主人と離婚したいと思っています。