木枯らしに咲く花

 北川 京子 五十六歳 神戸市中央区 



 私は地震をきっかけに離婚しました(第二集参照)。もし地震がこなかったら、私は三〇年間変わりばえのしなかった生活を引きずって生きていたでしょう。
 生活のため、仕事を探さなければなりません。しかしすでに、人生の終盤を迎える年齢になっているのに、気が付きました。新しい職場を探すのは大変です。どんなに働いても女性のパートの賃金は知れています。働いて少しでも人並みの生活に近づこうと努力しても、身体も心も思うように動きません。頭の働きも鈍くなり、そのくせ、先行きの不安が増し、体が拒否反応を起こします。
 だけど心だけは何とか人のためになることをしたいと思いました。あれからもう、百人以上の方の孤独死が報じられています。そこで、仮設住宅などに住むお年寄りや障害者のお世話をしに通うことにしました。全壊に近い状態の家に住む人もいます。震災後、身も心もずたずたに病んでいる年老いた人が、生きることに疲れ切っています。誰も胸の奥では、人が恋しく、昔をとてもなつかしく思い出します。でも、現実には決して過去は戻ってこないことをよく知っています。
 九十歳のAさんは、私が訪問すると毎回、玄関に妹が来ていると言います。
 「あんたがいるから遠慮して入ってこれないんだ」と、言います。そこで遠くにいる妹さんに電話して確かめたら、病気で寝ていました。
 また、Bさんは震災後、ほとんど目が見えなくなり、妄想に悩まされていました。大きな長刀を持った人が大勢で、向かってくるというのです。それで、Bさんはそこにある物を手当たりしだいに投げつけて、一人で闘っているのです。全壊に近い家中に物が散乱しています。本人の顔は紫色に腫れ上がり、よだれを流して倒れてしまいます。
 私を含め私の周りには、あの日から、身体や心に傷を受けて、もう元には戻れないけど、時の流れに押し流されて、未来のない生活を余儀なくされている人が大勢います。そして、生きているのです。希望のない弱い人間は、人間不信です。でも、相手がルールを守り、うそがなく、同じ仲間であることが分かれば、信頼してくれています。
 親しかった近所の方たちが、たくさん仮設住宅に入っておられます。仮設は夏は暑過ぎ、冬は寒過ぎます。この夏、私が大汗流して仮設に行くと、早くからクーラーをつけて、待ってくれておりました。
 私も、遅かれ早かれ、今の住まいを出なければなりません。しかし、どこを探しても私が入れるくらいの、低家賃の住家などありません。どこも目玉が飛び出るほど高くて、手が届きません。そんなことを考えると、目の前が真っ暗になりわびしくなります。震災で倒壊した家の下敷きから助け出されたのに、二週間後に亡くなった三十年来の友人の姿が今もなおまぶたに焼き付いてはなれません。だけど生きることは止められません。やがて冬が過ぎ、春を迎えるころ、木枯しに花が咲くように、神戸の荒れ地にも、必ず春が訪れることを信じております。