クレジットカード


  和田 多美子 三十四歳 主婦 神戸市北区 

 「ガンバロウ、こうべ」とオリックス・ブルーウェーブのニール選手が叫んだ。すかっとした。久し振りのことだ。

 平成八年十月、近所のスーパーマーケットでクレジットカードの加入キャンペーンをやっていた。レジでの精算を終え、買ったものを袋に詰めていると、お揃いのジャンパーを着た若い女性が、にこやかに近づいて来た。以下はその会話。
 「こんにちは。只今、○△カードの加入キャンペーンを行なっていまして、ちょっとお時間いいですか」「はい」
 「こちらの用紙にご記入いただくだけで、すぐにカードを発行いたしますので、よろしかったら、加入なさいませんか。当社グループでのお買い物はもちろん、A社やB社とも提携しておりますので、国内はもとより海外でもご利用になれます」「けど、審査があるんでしょ」
 「簡単なものなので、たいていのお客様は、パスされています」「いやー、うちは無理やと思いますよ。それって主人の名義になるんでしょ。勤続年数とか関係してくるんですよねぇ」
 「いえ、お勤め先の確認だけで……」「うーん、先月入社したところやしねぇ。いつまで続くかねぇ。それに主人は外国籍でまだ永住権もないし…」
 「じゃあ、居住年数は……」「それもねぇ、やっと一年やしねぇ」
 「あのう、とりあえず、ご記入いただいて……」と女性は、だんだん歯切れが悪くなってくる。
 震災で失業した中国人の夫は、職が定まらない。引っ越し作業員など短くて一日、長くても三カ月しか続かない。しかし、この夏にはとうとう普通二種の免許を取り、今はタクシーの運転手をしている。
 ところがこれが思ったほどの収入にならない。これまでの夫の一番良かった収入の半分ほどにしかならない。が、それは覚悟の上だった。そのため、一昼夜勤務の明けの日になにかアルバイトをするつもりだったのだ。ところが、現実は厳しく、不慣れな運転で疲れ果てそれどころではない。
 そして口癖のように、どうしようを繰り返す夫に、私も答えようもない。どうにかしてくれと訴える私に、とうとう、「しかたがない」と夫が怒鳴った。しかたがないことは充分理解できる。夫は震災後大型、けん引、普通二種の免許も取得し、前向きに努力している。
 けれど夫の初任給は、息子の幼稚園やスイミングスクールの月謝、震災後、民間の借家を立ち退きになったときやっとの思いで入居した住都公団の家賃、仕事に必要だからと私の反対を押し切って加入したPHS、NTT、KDDの使用料、光熱費などを支払ったところで、あとかたもなく消えた。まだ失業中の国民保険や年金の滞納分がある。そんなことをまくし立ててしまった。
 「しかたがない」では済まないが、一方的に夫を責めてもしかたがない。震災後、何度かいさかいはあったが、こんなに切実で、こんなに悲しいケンカは初めてだった。
 数日後、最後の義援金のお知らせと、無担保、無利子で返済は五年後、上限は百万円という融資制度が県議会で可決され、遅くとも年明けには実施予定と発表された。夫は、「これからも、利用できるものは、片っ端から利用しよう。利用しながらなんとか態勢を建て直そう、二人ならきっとできる」と言った。私は、夫の底力を見た思いがした。目先のことで、イライラしている自分を恥じて、夫に謝った。

 「私ら、カード持つなんて十年早いですわ。せっかくやのにごめんね」
と言うなり、私はハハハと笑った。ぽかんと口を開け、呆気に取られているカードのキャンペーンガールを尻目に、家路へと向かった。
 その数日後に、ニール選手のヒーローインタビューを観た。彼の言葉に、笑顔に励まされた人は、多いはずだ。私は、画面に向かって、「ガンバロウ、和田多美子、ガンバロウ、王小淮(夫)。そして、ガンバロウ、こうべ」とつぶやいた。