更地 

 男性 七十一歳 神戸市兵庫区 



 朝から道路を掘る削岩機が大きな音を立てる。私の住む仮設住宅は、ビリビリ振動する。下水道管の取り替えである。道路の工事や、鉄骨の高層ビルは工事が進んでいるが、私の家の話はなかなか進まない。
 地震のときは娘を亡くしてただ呆然として、家財は殆ど放棄した。皆様の助けで前のところに、どうにか飯場用のプレハブを置いた。断熱材を入れ、プリント合板を張り、エアコンを付けて、どうにか住めるようにした。私たち老夫婦はもうこれで良い。ここで一生住もう。
 私たちはわずかの国民年金と二軒の貸家の家賃収入で生活していた。ところが、貸家が全壊して家賃収入がなくなってしまった。まして借地である。「罹災都市借地借家法」で借地権を保護されているとはいっても、家を建てるのに、何千万円という費用がかかる。もちろん融資制度はあるが、私達のように七十歳にもなると、とても貸してくれない。また、返済の道もない。あるだけのお金で一軒でも建てなければ、生活のめどが立たない。
 地主へ承諾の申し入れをしたが、法外な金額を言われて、びっくりした。どうしたものかと何度も相談所に行った。法律の講習に行って勉強もした。地主の承諾はいらないとは解ったが、そうもいかない。妻が「地主と角を立てたくない。どんな嫌がらせをされるかもしれないし」と納得しない。私のところより地価が二倍もする商業地で、坪一万円の承諾金で確認申請書をもらい、建てているところもある。
 建築関係者にも相談してみたが、土地が三角形であることでプレハブメーカーは話にのってこない。一般の工務店はまだまだ忙しくて、それどころではないらしい。いくらでもお金を出せば、家は建てられるかもしれないが、そんな余裕はない。建っている家を見ると、建築に関係している店か、自分の土地で親密な工務店があるところが多い。地元の大工さんは手一杯である。知り合いの地方の工務店に任せるつもりでいたが、建物が小さいのか、神戸から遠すぎるのか返事がない。
 今年春から自分で風呂場だけでもと作り始めた。雨が降っては休み、体調の良いときだけボチボチ働き四カ月かかって完成した。おかげで夏の暑い時風呂屋に行かずに、シャワーだけでもできるようになった。しかし初めの意気込みはすっかりなえて、そのうちどうにかなるだろうと思うようになった。
 私の家の東側に二十五軒ほど家があった。地震で壊れたがどうにか形は残っていた。翌日になって、ガスが漏れていてそれに引火した。火の廻りが早くて、何も持ち出せず、着のみ着のままで逃げた。本当に気の毒であった。更地に真っ先に建ったのはサラリーマンローンの会社だった。
 更地の南側の十五軒は借地であるが、町有財産で地主との話し合いの必要はなかった。しかし一軒一軒が間口二間ほどで、約十坪の棟続きで一軒ずつでは小さいものになってしまう。なかなか話し合いがつかない。やっと今年(平成八年)の十月になって、四軒だけ鉄骨住宅の建築に取りかかっている。
 東や西の住宅地ではボチボチ家が建っているが、私の周りは更地ばかりで家を建てたのは三軒だけだ。私たち庶民の家が建つのはまだまだ先だ。それまで私の命があるか、もうくたびれた。