自転車

  高島 節子 六十三歳 神戸市西区



 私は平成八年九月二日に、仮設岩岡第二住宅に引っ越してまいりました。地震以来、流浪の生活を続けているようです。震災は、私達にはまだ終わっておりません。
 この仮設住宅は、六百二十五戸あります。周りは田園で、私が来た頃は稲穂が金色の波を打っておりました。ビニールハウスにはトマトやきゅうりなどが栽培されています。いちじくも畑に植えられ、荒い目のネットが張られています。キャベツ畑もあちこちにあります。近くに、大きなブドウ園も広がっています。
 周りに大きな池があちこちにあり、この仮設住宅も池を埋めて建てられたと聞いております。何しろ交通の便が悪いので、空家が多いです。ここからお勤めに行くのも不便です。
 バスは、こちらの岩岡出張所からJR大久保駅まで昼間は一時間二往復ぐらい走っています。JR西明石駅行はあてになりません。他にも地下鉄西神中央行のバスが一時間に一往復ぐらいありますが、晩は本数がもっと少なくなります。バス代は、大久保駅までが二百六十円、西明石駅までは三百八十円、西神中央駅までは四百九十円もします。
 私は地震前から板宿小学校の前にある教会へ通っています。こちらに来るまでは、板宿駅から教会まで歩いておりましたが、この頃は交通費を節約するために、鷹取駅から教会まで歩いております。電車賃は大久保駅から鷹取駅までが三百九十円で、西明石駅から鷹取駅までは二百九十円です。
 須磨駅で山陽電鉄に乗り換え板宿駅まで行けば近いのですが、さらに高くつきます。
 私はバス代の節約のため自転車に乗る特訓をしました。私は自転車屋の娘で、子供の頃、父が自転車に乗れるようにしてくれていました。滋賀県で中学生時代は、自転車通学をしていました。でも中学時代から五十年ほどのブランクがあります。私は今年六十三歳です。この年になって、子供の頃のように、自転車に乗って転ぶことはできません。私は自転車に乗れるように一生懸命にお祈りいたしました。
 四日間はあちこちの道を走って、西明石駅まで自転車で行きました。あちこちで転んで左膝はコブができ、青く腫れ上がりました。五日目には田んぼに自転車ごと倒れましたが、大した怪我もありませんでした。
 急に自転車に乗り始めたのですが、水を飲むと楽になるのも分かりました。筋肉痛にもなりましたが、この痛みもしばらくして消えました。いろいろしんどい目もしましたが、特訓をしただけあって今では西明石駅まで安全に自転車で往復できるようになりました。西神中央駅には、自転車で行かないようにしています。田舎道で街灯が少なく、晩遅くになると帰れないからです。
 仮設住宅の空き地には、大勢の人が自家用車を停めておられます。お勤めの方はモーターバイクなどで大久保駅に出られるようです。少数の人が、バスを利用しておられるようです。
 この仮設住宅に、ちょっとした食料品を週に二回ほど自動車で売りに来ます。また散歩がてら下まで歩きますと、スーパーマーケットがあります。コピー機もあります。ボランティアの車も週に一回、買い物に連れて行ってくださいます。
 こちらの仮設に居られる人達は、平成八年になって来られた方が多いようです。この頃になっても少しずつ入居しておられます。震災で壊れた家を再建中のご家族も一時的にこの仮設に居られるようです。
 私がこちらに来て、何回か神戸市の人が、住民の様子を見に来ておられます。そして何かを記帳しておられました。
 私達は平成九年八月まで、ここに居られることになっております。でも低所得者は、市営住宅並みの家が備えられるまでは、ここに居られると、こちらの「仮設住宅ふれあいセンター」の人達が話しておられました。しかも平成九年の八月になっても、神戸市は、行くところのない者をここから追い出さないはずだ、とセンターの人達は説明してくださいました。
 この仮設岩岡第二住宅が、神戸市最後の仮設住宅になると聞いております。