行政最前線

          岡本 重清 四十二歳 市役所職員  兵庫県三木市

 地震は三木市にも大きな被害をもたらした。全壊家屋二十六戸、半壊家屋百十二戸、一部損壊については、約三千戸、死亡者二名という被害を出した。
 神戸市や阪神間の各市と比べると被害は小さく思えるが、人口七万八千人の小さな市にしてみれば、過去に経験したことのない大被害である。
 そして、三木市にも災害救助法適用。この言葉は、私に対して大きな衝撃を与えた。
 避難所の設営、毛布の調達および配布、災害義捐金、県援護金、市見舞金及び災害弔慰金の支給、災害援護資金の融資、それに伴う事務処理等。これが私が担当する分野である。
 何という運の悪さであろうか。福祉課に異動となってきて一年目に未曾有の大震災、行きたくないと思っていた福祉課に配属され、一生に一回起こるか起こらないかの大地震、その対応の前面に立たなければならない福祉課、それに義援金等の資金関係を全面的にやらなければならない私。地震以来、毎日が針のむしろである。平素の業務プラス震災業務であるから想像を絶する仕事量である。
 被災者やその関係者に窓口や電話で「行政の職務怠慢」と怒鳴られ、毎日がやってられない。市役所の中は、業務が増えるので震災業務から逃げようとする人間が大半で、仕事の押し付けあいである。気の良い人間は押し付けられてしまう。
 上司は庁内会議で業務量も把握せず仕事を引き受けてくる。それを下の者にやらそうとする。こういうときに上司の能力の良し悪しがよくわかる。
 しかしそんなことは言っていられない。与えられた仕事はやるしかない。
 神戸市や阪神間の各市に比べると遥かに少ない被害であったが、一担当者が平素の業務にプラスして行うには、大変な仕事である。
 地震が起きて二カ月間は、休みもなく災害業務に追われる毎日であった。
 そんな中、私が腹が立ったことがあった。それは兵庫県の態度である。兵庫県が支給する見舞金までも各市町が被災者に配布するように指示してくる。あげくに金が底をついたから待ってくれという。窓口で被災者から怒鳴られるのは市町職員である。なぜ兵庫県の出先機関で県の支給する見舞金を被災者に直接渡さないのか。いちばん混乱して怒鳴られる最前線の業務は市町に押し付ける。
 今回の震災の被災者は、被災を受けた人間だけではなく、市町の窓口で被災者の対応をしている職員も含まれるのではないか、と言いたい。
 この頃では、義捐金という言葉を聞くだけで胸が悪くなってくる。担当から逃げられるものなら逃げたい気持ちである。職場の中も雰囲気が暗く殺気が走り、口調が荒くなる。
 私の職場の福祉課は三階にあり、夜遅くまで一人で仕事をしていて、精神的にくたくたのときは、窓の方に引っ張られるような錯覚を覚える。
 あの忌まわしい大地震から五カ月がたち、劣悪な職場環境が少しずつだが静かな環境に変わってきている。しかし、まったく震災関係の仕事がなくなったわけではない。今は義捐金の要援護家庭配分と住宅助成配分をしている。
 もう早く、震災関係の仕事から解放してほしい。つくづくそう思う毎日である。
 平成七年八月、村山内閣の改造が行われ、新しい厚生大臣が就任し兵庫県に来て何を言うかと思うと、
 「災害援護資金の貸付けを再開し、十月末日まで受け付けします」。
 被災者に対する援護施策として良いことはわかっているが、思い付きで喋らずにもっと計画的に事業を進めてもらいたい。
 災害援護資金の貸付けをする場合は、市の予算で執行しなければならないため、市の予算に計上しなければならない。そういった手続きを無視した発言は、貸付けの窓口になる市町を混乱させるだけである。
 私が言いたいのは、猶予期間をおいて計画的に実施してほしいということである。
 今回は、関係市町に連絡がくる前に、新聞発表である。公文書ももちろんきていない。原則的には市町が予算措置をしなければ執行できない事業を、市町に何の連絡もなしに新聞発表してしまう厚生大臣の市町を無視したやり方に腹が立つ。
 被災者から問い合わせがきても、予算措置ができていないのでいつから実施できるか答えられない。窓口の混雑に拍車を掛けただけである。
 しかし、弱音を吐いていてばかりいられない、行政として、また公務員として被災者のために最大限努力をしなければならない。
 そう思いながらも、末端行政担当者のみじめさを、今回の震災でつくづく味わわされた。


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