心の時計

          匿名 三十歳 学童保育指導員 神戸市東灘区

 生まれて初めて経験する激しい揺れ、家の全壊、生き埋め、救出、そして避難生活……全てが一瞬のうちに起こった平成七年一月十七日。どれもこれも、ふつうの人が一生のうちに経験することのないようなことばかりが一度に起きてしまった。
 地震後は本当に言葉では言い表せないようなことが沢山あった。ペチャンコになった家から、昼過ぎに救出された父は即入院。そこで私が見たものは、手当ての仕様もなく廊下に寝かされている人々だった。父が着いた頃には廊下にも殆ど空いたスペースはなく、父はトイレの入り口横の通路に寝かされた。
 「野戦病院」というのは、もしかしたらこんな状態なのかもしれない。私はふとそう思った。母は父に付き添って病院に泊まると言うが、人があふれかえった病院では私のいる場所はなく、心配して駆け付けてきてくれた私の婚約者と私は、避難所になった近くの学校に行った。
 学校には、すでに大勢の人が避難していたが、私達はそこで、先程病院で出会った母娘と会った。このお母さんは私の母とは顔見知りだったらしく、「知っている人が一緒の方が安心できるから……」と、たった一枚しかない大判の毛布を横向きに敷き、私と彼、そしてもう一人近所のおばあさんを寝かせてくれた。私達が掛け布団がないのを見て、
 「これ、使ってください」
と、毛布を持ってきてくれた人もいた。当日は二、三人で一枚の毛布をかぶり、眠れない寒い夜を過ごした。人間は極限状態になると他人に冷たくなるものだと思っていたが、お互いに気を遣いあって、皆とても優しかった。どこで調達してきたのか、少ししかない温かいおにぎりを分けてくれた人もいた。
 「遠くの親戚よりも近くの他人」とは、よく言ったもので、地震直後に駆け付けてきてくれたのは、ご近所の人と我が家から五分程離れた所に住む幼なじみの一家だけだった。両親が生き埋めになって泣き叫んでいる私に、近くにある会社の寮の人が温かいお茶を、友人はパンを持ってきてくれた。地震から三日後に再会できた中学校時代からの親友は、私の着替えとお茶を持って、私をさがしまわってくれていたし、大阪の知人は水やティッシュの入った重いリュックを二つも持って、阪急西宮北口駅から歩いて来てくれた。大勢の人から優しさや勇気をもらって、みんなに支えられて私は頑張ることができたと思う。
 では「親戚は……」と言うと、地震当日には従兄弟夫婦が駆けつけて来てくれ、翌日には叔父、叔母達がおにぎりを持って来てくれた。これは本当に嬉しかったし、感謝した。ところがそれから数日後、お金や通帳を掘り出しにきてくれた叔父や従兄弟たちが帰ってから、
 「ガソリン代も夕食代もくれへんかった」という声があったと聞き驚いた。無一文でパジャマのまま放り出された私達に、何が支払えるのだろう。怒って泣きながら電話をかけた私に従兄弟は、
 「田舎ではお世話になったらすぐお礼をするのが常識や!」
と言った。その後も、もう一度荷物を掘り出しに来てほしいと頼んだ私に、
 「もし長田区だったら全部燃えてしもてるんやから、燃えてしもたと思ってあきらめて、新しいのを買えばええやん」
との冷たい返事がかえってきた。思い出の品は買い替えられるものではない。被災者の気持ちなど全く考えていない親戚の言葉の数々に私は愕然とした。
 家の下に埋まったままになっている愛犬をさがして欲しいと言った時も
 「もう、そんなもん腐っとうで! そんな汚いもん誰が抱くねん」
と叔父に言われ
 「私が抱く!」
と怒鳴ったが、結局掘り出してもらえず、私は悔しくて悲しくて涙が止まらなかった。愛犬はそれから数日後、この話を知った私の幼なじみのご主人が「かわいそうだから……」と、私の友人達と一緒に掘り出してくださった。愛犬はもうすでに息絶えてはいたが、生きていた時のままのきれいな姿で出てきた。
 私はこの時、地震後初めてホッとすることができ、思いっきり泣くことができた。
 今回の震災では、なくしたものも多かったが、これからの人生を生きていくうえでは得たものもあり、良い経験になったと思う。人の優しさや温かさ、強さなど身にしみて感じたし、反対に冷たさや見かけだけの優しさもわかった。
 震災から九カ月。こわれた家々は解体、撤去され更地になり、傷ついたビルは日に日に修理され元通りになっていく。街のあちこちでは新しい家も建ちはじめ、活気も戻ってきた。街は着実に復興しているが、私達被災者の心の復興はどうだろう。私は今でも夢を見る。「地震の瞬間」「在りし日の我が家と愛犬」そして「つらかったことや悲しかったこと」……。
 傷ついた心は、すぐには元に戻らない。いつになったら以前の安らかな気持ちに戻れるのだろう。私の心の時計はあの時間で止まったまま、なかなか前に進むことができないでいる。


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