寂しさを本に


          安藤 衣子 五十一歳 明石市貴崎町

 落ち着いてくるにつれ、一月十七日の事がよみがえってきます。主人を発見した時、階段の下から左手首だけが見えました。一階で食事中だった主人は、上下の揺れで上に打ち上げられたのだと思います。私がこの日、いつもより十分早起きした事が、生死の境目になったのです。
 「死ぬなんていややで」。動かず冷たくなった主人の左手をしっかり握りしめながら、頭や胴や足や右手はどうなっているんだろうと思いました。力を入れて階段を動かそうとしましたが、びくともしません。諦めるほかありませんでした。
 近所の子供さんが「おばちゃん、諦めるの早いよ」と声を掛けてくれましたが、私は主人を助け出せない悔しさと悲しさで……。
 ほんとうに息が絶えていたのだろうか? 大きな梁の下敷きで声が出なかったのではないだろうか? 苦しくて痛くて辛い思いをしたのではないだろうか?
 遺体を出せないまま、夜に火が入り、全部燃え尽きてしまいました。三十一年間、共に築いてきた会社も。
 老後は長田区千歳町に住もうと、三年前に二階を増築しました。主人は部屋が出来てうれしそうでした。毎朝晩、座禅、写経、瞑想などをその部屋でし、近所の花を写して、その写真を大きく伸ばして差しあげていました。喜ばれる顔を見るのがとってもうれしい、と申しておりました。その自宅も、すべての財産も、思い出の写真もなくしてしまいました。
 あの朝、十分遅く起きていたら、主人と共にあの世に行けたのにと思うことすらありました。でも、生かされた命は粗末にできません。三人の子供達と三人の孫の為にも、主人の分まで頑張らねばと思います。
 地震の翌朝、遺体が消防の人達の手で捜し出された時、胴体だけが焼け残り生焼けの状態でした。そばにいた人が「見てはいけない」と言ったので、私は見ませんでした。
 しかし、むごいものです。頭や手足がない胴体だけが焼け残ったこの事実。私は体の底から込み上げてくるやるせなさと悲しさと共に、向けることの出来ない怒りを体一杯に感じました。どこまでむごい仕打ちを受けなければならないのですか、何をしたと言うのですか。何も悪いことをしていない主人は、一生懸命働いて生きてきたのに……。
 主人の骨を子供達と一緒に拾い集めましたが、小さな骨ばかりで大きな骨は見当たりませんでした。遺体安置所から西神斎場までの長い長い時間、私はそばにいてやれなく、さみしい思いをさせたと思います。
 告別式を兼ねた四十九日の法要の後、私は落ち着く事が出来ました。四月にアパートを借り主人と共に歩み始めました。本当の孤独が私を襲います。何もいらない、主人が居てくれればと思って生きてきた人生。その主人が数時間で亡くなった事が長い間信じられず苦しみました。会社も自宅も財産も全てをなくした事、将来に希望が持てない事、地震と共に社会の輪からはじき飛ばされた事、体の不調。何だか何もかもおかしくなった自分を考える時、これはあまりにも荷が重すぎる、私は立ち直れないんじゃなかろうかと思い、落ち込みました。
 食事はまず仏壇に供え、お経を唱え、その後主人と会話をします。もちろん一方通行です。そのたびに涙がとめどもなく流れ落ちます。
 五十二歳の若さで健康そのものだった人が、まだまだ社会に貢献できる人なのに、いくら悔やんでも主人は帰ってきません。持っていき場のないやるせなさと切なさと深い悲しみに、このまま何もかも忘れることが出来たらどんなに楽だろうと思いました。すると息子が「お母さん私達が困る」と言って笑わせた事もありました。心が狭くみにくくなり、考えてはいけない事を考え、それを口に出したり、やはり神経がおかしくなっていたのです。
 「出来ない苦労は与えられない」とよく主人が言っていました。この大変な事を克服するのは、私でないと出来ないと思えるようになりました。そうすることにより、自分の存在感、又、生かされた命の本当の意味が解りました。
 生きて夫婦だった時は、お互い意地の張り合いで頑張ってきましたが、やはり相棒のいない重さは計り知れません。このままでは動けなくなると思い、六月十九日から早起きすることに決めました。自転車に乗り十分ほど南に行くと海辺に出ます。そこで私は百字帳をもって写経をすることにしました。素足で砂浜を歩くと、大小さまざまな砂が足の裏に気持ちよく当たり、心地よい朝を迎えさせてくれます。
 これでまず第一歩を踏み出す事ができました。昔、主人がアクアラングをしていましたので、海にはたくさんの思い出があります。最初は海を見つめていると涙と共に水面に引き込まれそうになった事がありましたが、続けるにつれ日課になりました。
 自分のサイクルを作ることが大事だと気付いたのは本のお蔭です。自分の苦しみや解らない事の解決法を求めて本屋さんに足を向けました。やはり主人が亡くなった事が一番自分として納得いかず苦しみましたが、はっきりした指針はありませんでした。いろんな本に出合い、その文章でどれだけ心強く導いてもらったか。私は感謝致しております。
 人間、誰しも孤独です。私一人が孤独を背負っているのではないことがわかりました。一日も早く元の元気な体に戻る努力を致します。


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