サッシ 

          近藤 由紀子 四十七歳 主婦  神戸市中央区

 阪神大震災から、もうすぐ一年。あの寒い冬がまた巡ってきました。神戸の街にもあちらこちらで復興の音が響いています。

 住宅の復旧のめどが立っている人はいいとして、いまだに待機所や仮設住宅に生活の拠点を置いている人たちや、自分の土地であっても思うように家を建てられない方などのことを思うと、ぜいたくなんて言っていられないのですが、遅々として進まないマンションの復旧工事の話、聞いてください。

 私の住むポートアイランドのマンション群は、倒壊は免れたものの、修理を必要とする建物が数多くあり、今もいくつものビルが、青や緑、白などのネットでおおわれ補修工事が進行中です。ポートアイランドの住宅はすべて集合住宅ですから、工事着工にこぎつけるまでには、どこもたいへんな道程があったことでしょう。

 私の住んでいるマンションも例外ではありません。もともとスタートが遅く、分譲販売会社の人がようやく来られて、復旧工事の説明をされたのが、春、四月の声を聞いてからでした。何度も何度も建設会社の方から修理方法や費用の説明を聞き、住民集会が開かれ、意見を出し合い、理事会で話し合われ、やっとのことで、工事着手の予定表が掲示板に貼られたのが九月末でした。

 我が家の窓サッシの交換工事は十月二日から六日までの予定となっていたので、家族や近所の人の手を借り、サッシのハツリ工事の邪魔にならないよう、家具を窓から一メートル以上離しました。パートの仕事も一週間休みをもらい(理解ある職場なので、本当に有難く思っています)、用意万端整え、待っていたのですが……。

 朝から晩まで待っていて、やっと職人さんが来てくれても、クーラーを壁から取り外しただけだったり、養生シートを敷いただけで帰ってしまったり、用を済ませにほんのちょっと外出した間(それも十五分くらい)に職人さんが来たり、あるいは「あす行きます」と連絡があったのに、一日中待ちぼうけだったりと、そんなこんなで一週間が過ぎてしまいました。その後サッシのハツリ工事自体はやっとすんだのですが、左官屋さんの手が足りず、壁とサッシの隙間をガムテープでふさいで数日過ごしたり、サッシのガラス戸を入れてもらえずベニヤ板で過ごしたりとか、そんな日々が続きました。十一月の初めのころは温かくて、すき間風もさほど気になりませんでしたが、下旬にもなると朝夕冷え込み、日中でも寒い日があり大変でした。

 左官屋さんに「どうしてこんなに工事が遅れるの」と聞くと、「すみません、三人でまわっているものですから」とのこと。五百世帯近い我がマンションを三人で回るとは驚きです。断熱材の工事の方も最初のうちは一人で回っていたとか。我が家に来られた職人さんは茨城県の人とのことで、これまたびっくり。そんなに遠方の人に頼むほど人手がないのでしょうか。

 左官屋さんにしても、大工さんにしても、その他の工事関係の方にしても、今は超多忙なのでしょう。阪神間の至る所で工事なのですから。建設会社の人も人集めに大わらわといったところでしょうか。その上、このポートアイランドの交通渋滞は新聞にも取り上げられるほどの深刻な状況です。ある職人さんは、「一日目は車で来て、エライ目にあってしまったんで、今は大阪の堺から電車で通っています」とおっしゃっていました。その日の塗料を車に積んで来なければならないペンキ屋さんなどは、朝暗いうちに家を出ないと渋滞につかまって仕事にならないそうです。

 住人は、一向に進まない工事にイライラが募り、疲れ、職人さんは人手不足からくる過労の上に、「早くー」とせっつかれ、まだその上通勤疲れが加わります。皆さん、大変なのです。これも震災の後遺症なのかもしれません。

 どなたも大変でご苦労があることはわかっていても、やはり早く片付けてほしいと願ってしまいます。我が家の工事は着工から二カ月が過ぎました。しかし、どの部屋も家具や段ボールが不安定に置かれたままで、壁の補強、外壁塗装そして内装と工事はまだまだ終わりそうにありません。狭い部屋に住みながらの修理なので家の中がごたごたしているのは仕方がないのですが、またあのときのような地震が起きたらと思うと……。

 十月の末には、工事が完了するかな? 十一月の末には……。十二月……。今はもう、「来年でもいいですよ」の心境に変わりつつあります。


[ 目次へ | ホームページへ ]