悪徳業者

          女性 十四歳  中学三年生  神戸市垂水区


 地震から九カ月が過ぎたある日、私は、
 「お婆ちゃん、家少しは直したの?」
 と、淡路島に住んでいる祖母に電話をかけた。玄関の横の壁が全部飛んでしまっていたからだ。そこをビニールシートで覆っていたが、猫が入って困るとずっと聞いていた。また雨風があるとバタバタ大きな音がして、シートが取れないかという不安がずっとあった。その上、余震のたびに割れた壁から土が落ち、家の中に土ぼこりがする。だから修理が進んだのか気がかりだった。
 「それがな、四国の人が近くへ直しに来ているんで、頼んだら直してあげようといった」
 「でも気をつけないとトラブルが多いからね。島外でもよい人はいるけれどね」
 地元の人が一番よいのだけれど、なかなか順番が廻ってこないようだ。そういえば何カ月か前にも次のようなことがあった。
 祖母の家の玄関は、奥行約一・五メートル、間口約三メートルで、棟から突き出ていた。どこの家でもその部分が大きく損傷した。ビニールシートを見て島外の業者が、無料で見積もりをした。だが祖母はあまりにも高額なので断った。
 「壁土の撤去だけで十万円。玄関の壁土の一方は完全に落ちてるし、残りの一方の壁土を落とすだけなのに。しかも全部修理すんのに百七十万円もいるというんでやめたのや」
 地元の業者なら三十万円もあったら元通りになるといったと母に話していた。屋根はどうもなっていないし、柱も折れたりはしていなかった。大阪に本社があるというその業者は、「お電話があったので来ました」「あの見積もりは高いですか」「まだ直していませんね。早くしないと余震で倒れたら大変ですよ」などと言って何回も訪ねてくるという。何度断っても来るので、祖母は、
 「島外にいる息子が直してくれるので」
 と言うと来なくなったそうだ。田舎の家は都会と違って建物の棟がいくつもある。そこで祖母は倉とか納屋などの割合小さい棟の修理を四国T県のS組に頼んだ、といってきた。母は心配していたので、
 「見積もり書の値段と内容をよく見て決めるのよ」
 人を疑うことの知らぬ祖母に念を押した。それから約半月ぐらい過ぎた頃、S組の業者は毎日親子二人で来て歪んでいた家をまっすぐにした。そして動かなかった戸障子が動き出した、と祖母は喜んでいた。
 「八カ月も九カ月もびくともしなかったものだから動くと不思議なんだよ、きっと」
 母と話しながら祖母の顔を思い出し家族で喜んでいた。ところがその喜びもつかの間、
 「あのな、裏座敷三部屋あるやろ。どの部屋へもボード入れてあげるいうとったのに、この棟は地盤がよくあまり傷んでいないんで、これで終わりというた」
 それで請求額は、初めの見積もり書のままだという。母は案じていたので、
 「そんなことで承知して、支払ってはだめよ」
 声が大きくなっていた。そして「強い棟といっても家中で一番古くて築六、七十年になる木造家屋だから十分に補強しておかねばならない」と言っていた。それを相手に伝えるように言ったが、
 「なかなか言えるもんじゃない」と答えたようであった。
 「じゃ、電話ででも言ってあげようか。お金を支払ってしまえばだめ、それっきりで後で困るんだよ」と念を押していた。
 私たちの住んでいる神戸でも女性の一人住まいや高齢者の住む家では、いろいろなトラブルが起きていた。でもこのようなことが、私の祖母の家で起きようとは思いもしなかった。何しろ祖母はお人好しなんだからと、
 「私でもそんな理不尽なことは黙っていないわよ。私が言ってあげようか」
 空元気を出してしまった。でもこれは怖いことかな、思わず肩をすぼめた。
 淡路島は鳴門海峡に大鳴門橋が開通しているので、地震後四国から業者が大勢渡ってきた。橋の通過料金、自動車の燃料費、消耗費、こちらにくる前の時間も賃金の中に入れられる。そのため一日の労働賃金はひとり五万円以上にもなる。そういうことが初めはわからなかった。が、みんなが話し合ってだんだんわかってくると、頼むのが少なくなってきた。
 その後、祖母は四国の業者に、見積もり通りの工事をと話した。すると何日かして言い訳のように直した。もう一カ所ボードが入っていない所があったが直さなかった。今からでも入れますよ、帰りがけに言ったそうだが、そのまま帰ってしまった。
 島外の一部の悪徳業者のために、全体のイメージが悪くなるのは悲しいことだ。やがて知った人が直しに来たときは「生き返ったようになった」と言う。うれしかったのだろう。新芽の出るころ地震が収まって、木々が紅葉しかけるころ修理しだした。祖母の家が元通りになるのは、また新芽が吹き出す頃になるだろう

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