立ち退き

            和田 多美子 三十三歳 主婦  神戸市北区

 四月半ば、間借り人一同が集められ、家主の息子の説明が始まった。八月いっぱいで立ち退きである。アパート一棟と私達四人家族と老婦人の住む二戸一住宅が東に傾いて修理に莫大な費用がかかること、解体して建て直すと、建ぺい率の問題で今の戸数は不可能であること、家主の老人が震災後痴呆が進んだが、子供達はそれぞれ職業を持ち、後を継ぐ気がないことなど、一時間ほど話を聞かされた。 
 建物は半壊の評価を受けていたが、震災から三カ月もたった突然の申し出に、みな口々に不平を述べた。私達、老婦人、小学生のいる家族、靴の内職をしている夫婦、美容師の女性、中年男性、専門学校生二人。ここを離れてどこへ行けと言うのだ。民間住宅は家賃も上がり、条件も厳しくなっている。三歳と一歳の子供を連れている私達には、簡単には見つかりそうにない。となれば公営住宅か? 中国人の夫は失業保険をもらいながら、職探しに走り回っているので、家探しは私の仕事となった。
 手始めに住都公団に問い合わせると、奈良か滋賀ならとの返事。夫は、前職である繊維関係の中国に工場を持つ、大阪に本社のある会社を探しているので、そこでは通勤できない。私は、神戸生まれの神戸育ち、できたら神戸を離れたくない。神戸の市営住宅は募集のめども立っていないという。ないない尽しの八方ふさがりである。夫に相談すると、別にどこでもいいから気のすむようにしたらと言った。あっさりしたものだ。私は仮設住宅を申し込もうと決心した。その頃、内職の夫婦が知り合いのつてで、早々と引っ越した。
 五月半ば。仮設の四次募集、落選。夫は最悪の場合を考えて、職安のあっせんで無料で大型免許の教習に通い始めた。専門学校生の一人が引っ越した。
 七月。五次募集。補欠の4044番に夫の名前があった。希望したところには住めないが、空いている仮設の中から選べるというものだった。市営住宅の募集が始まり、もちろん申し込んだ。発表は八月十四日。夫も、大阪にあるパジャマ会社の中国工場の生産管理責任者の職を得、単身赴任することになった。大型免許も取得した。月末に住都公団の募集があり申し込んだ。発表は八月末。
 七月二十九日、家のことを頼むと言い残し、夫は旅立った。
 八月初め、仮設住宅の入居手続きをしているビルへ出かけた。会場には大勢の人が来ていた。全壊で小学校の避難所から来たという夫婦の番号は私達と十番も離れていない。孫を連れた老人は全壊した自宅を建て直すまで息子の家に身を寄せるつもりだったが、奥さんとお嫁さんの折り合いが悪く肩身がせまいので、仮設の入居をいやがる奥さんに内緒で申し込んだそうだ。今日は孫を遊びに連れて行くと嘘をついて来て、何が何でも、どこでもいいから鍵をもらって帰るのだとのこと。
 私はというと、そこまでの決心はなく、仮設への入居が、市営や住都公団の発表後でもいいのなら鍵が欲しいが、そんなことが可能なのかどうかという相談にきたのだ。説明を聞いた係員は困惑して上司に相談に行ってしまった。仮設の入居の締切が八月九日。市営の発表が八月十四日。住都公団は八月末ごろ。もっと連絡を密にしてその逆にすることはできなかったのかと思う。
 数分後、戻ってきた彼は、事情はわかるが市営も多分優先順位が上の人でいっぱいになるだろうし、公団も競争倍率が高いし、もしものことを考えて今日どこかの仮設入居の手続きをして、たとえ数週間でも住んでいただいた方が……と無茶なことを言う。ビルに入って出るまでの二時間が無駄になった。鍵はもらわずに帰った。
 市住落選。歩いて十分くらいの借家を見つけたが、玄関を開けたらすぐ廃材を山積みにしたダンプカーが頻繁に通る道路なので断念。祈るような気持ちで住都公団の発表を待った。その間に、小学生のいる家族は同じ校区だけど家賃が今の三倍になるアパートへ、美容師の女性は、ポートアイランドの仮設へ、もう一人の専門学校生もどこかへ引っ越してしまった。またたく間に私達と老婦人、中年男性の三世帯となった。
 八月末、住都公団の発表。当選。やったぁ。これでやっと「被災者卒業」だ。
 十月二十七日。引越し。国際電話で、手伝えなくてゴメン、引っ越したら新しい家具などを好きなだけ買って楽しく生活できるようにしてと楽天家の夫。くじけそうになる私のためにがんばってくれる夫だが、
 「そんなお金どこにあるねん?」とたずねると、なにも答えず笑っていた。

 結局、震災で失ったものは何だろう。引っ越したばかりの段ボール箱だらけの部屋の片すみで考えている。趣味で集めたティーセットと数枚の皿だけのような気がする。ひょっとしたらそうかもしれないと本気で思い始めている。そのかわり家族、友人、近所の人たちなど、大阪での住都公団の手続きにつきあってもらったり、引越しの手伝いをしてもらったりして、みんなに支えられていることを改めて実感し、感謝した。

 老婦人も神戸市あっせんの民間マンションに入居できることになり、残るのは中年男性だけとなった。建物は来春解体されることに決まった。


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