産経新聞


2015年1月11日朝刊


【「悲しい」だけではない…10年ぶり被災者の手記集】

おじの遺志継ぎ発行

阪神大震災の直後から、名もない被災者らの体験談を紹介しながら休止状態になっていた手記集が、震災から20年となる17日、10年ぶりに復活する。
手記集を主宰し平成16年に亡くなった高森一徳さんのめいで大阪大大学院生の順子さん(30)=兵庫県芦屋市=が引き継いだ。
子供のころは読むことをためらっていたという手記集。今は「被災者一人一人の人生を記録にとどめたい」と考えている。

発行される手記集は「阪神・淡路大震災 わたしたちの20年目」。
震災後、出版業に携わっていた一徳さんが、公に残らない個人の記録を残そうと「阪神大震災を記録しつづける会」を立ち上げ、7年5月に最初の手記集を発行した。
以来、毎年1冊、計10冊が発行され、収められた手記は438編にのぼる。しかし、一徳さんの死後、休止状態になっていた。

順子さんは、子供のころおじが発行する手記集について、「きっと悲しいことが書いてある」と、読むことを避けていたという。
しかし、大学でまちづくりの研究をしていた際、一徳さんを知る人から、被災者の言葉を残すために奔走していた話を聞き、初めて手に取った。

手記集からは「詳細な被災体験を長く残したい」というおじの信念や、「被災者には『悲しい』や『大変だ』というだけではなく、さまざまな思いがある」ということを教えられたという。
大学を卒業後、23年から3年間、神戸市中央区の「人と防災未来センター」で震災資料専門員を務め、昨年1月には、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市の教会で、被災者を交えた会合に参加した。
手記集を紹介したところ、被災者女性は「安心しました。ずっと悩んでいてもいいのですね」と感想を漏らしたという。

「災害は過去ではなく、現在進行形。経験を記録することで被災者と“並走”すればいい」。
順子さんは、手記集の復活を企画。昨年6月から原稿を募集したところ、約20人から20年間の悲しみや苦悩をつづった手記が寄せられた。
今回の手記集にはこのうち14編が収録され、阪神大震災や、東日本大震災、新潟県中越地震などの被災地で語り部活動を行う団体などに配布されるという。

「被災者それぞれの思いに触れ、これからを生きる参考にしてほしい」。10日に神戸市内で行われた発行記念会で順子さんは、そう話した。