読売新聞


2015年1月6日夕刊


【良いことも悪いことも、あの日が起点】

被災者手記 今こそ 発行者の姪 10年ぶり

2005年まで阪神大震災の被災者らの手記集を出版してきた「阪神大震災を記録しつづける会」が、10年ぶりに「阪神・淡路大震災わたしたちの20年目」を発行する。
幼い子どもを亡くした親や、復興に向けた街づくりに携わった人たちの14編。
それぞれが「20年を迎える今だからこそ分かったこと、語れることがある」と思いを寄せた。
10日に完成予定で、神戸市内で開かれる手記執筆者らの会合で披露される。

同会は、神戸市中央区で出版業を営んでいた高森一徳さんが1995年の震災直後に発足させ、年に1冊のペースで手記集を発行。
2004年に一徳さんが病気で亡くなり、翌05年に10冊目が出版された後は、休止状態だった。
10冊に収めれた手記は、計438編に上った。

2010年、一徳さんの姪で、災害体験の伝承を研究テーマとする大阪大学大学院生の高森順子さん(30)(兵庫県芦屋市)が同会を引き継ぎ、
「被災から時間が経過した段階での被災者らの心情を記録することは、東日本大震災など別の災害でも役に立つのでは」
と考えて20年の節目に発行を決意した。

手記集では、5歳の長女を亡くした女性が、「生きることを考え続けた20年だった」と振り返る。
1歳だった次女は、小学校に入学した頃、祖父母に「お姉ちゃんの分まで頑張る事に疲れた」と伝えていた。
思春期には「私が死ねばよかったんでしょ」と言うようになった。
そんな次女が、東日本大震災の被災者に「自分を責めないでください。皆さんは一人ではありません」とメッセージを送る。
20歳の誕生日、次女は女性に宛てた手紙で「たくさんのありがとうとごめんなさいを繰り返しながら、少しは大人になったと思います。ママの娘に生まれてきてよかった」と書いてくれた。

長女の誕生日を毎年祝い、陰膳を続けてきた女性。
「20年経ってもあの日が辛く、悲しい事に変わりはない」としつつ、
「これからは少し自分のために生きていこうと思う」と結んだ。
男女の双子を抱えて実家に帰省中に被災し、息子が犠牲となった母親は「成長できなくなった息子を思うと、娘の成長さえ辛く、喜べなかった」と明かす。
今、娘は大学の授業で母親のドキュメンタリーを撮っているという。
息子の死や震災を率直に伝え、それを受け止める娘の成長を実感する日々。
「息子や娘の事を想って『笑顔で生きる』、それがやっと見つけた私の生き方です」

震災後の現実を冷静に見つめる人も。
ある男性は「生きている間に神戸に大地震など来ないと高をくくっている自分がいる。あれほど恐ろしい体験をしたにも関わらず、私の一部分は元に戻ってしまった」と記した。
一方で、この男性は震災後のボランティア活動を通して得た人間関係に感謝し、
「良いことも悪いことも全て、あの日が起点となってここまでの道程につながっている。
どこかで道に迷ったとしても私は1.17を振り返り、また一歩踏み出す」と書いた。

手記集は1000部発行。
兵庫県の助成を受ける予定で、希望者には無料で配布する。
同会のホームページ(http://www.npo.co.jp/hanshin/)でも全編を公開する予定。