大震災で見た美しい心

     石川 恵子 三十六歳 主婦 シンガポール在住


 「恵子さん、今朝淡路島で大きな地震があったってよ。あなたの実家は大丈夫?」
 ラジオのニュースで知った友人が電話をくれたのは一月十七日のシンガポール時間午前九時頃だった。
 「関西で地震?」
 早とちりのその友人が英語を聞きまちがえたのかと思いながら、それでも大阪の実家に電話を入れてみた。
 興奮した母の声。幸いほとんど被害はなかったものの、今まで生きてきてこんなに恐ろしかったことはない、との言葉に、未明の大地震のただならぬ恐怖と驚きが伝わってきた。そして兵庫が大変な状況にあることもその時に知った。その日一日ここシンガポールでも会う人ごとに震災の模様が伝わってきた。
 しかし、いずれも不確かなものばかり、皆いらだっていた。その日たまたま立ち寄ったホテルでのこと。私が日本人であることを見て一人の若い女性が話しかけてきた。
 「関西で地震があったんですって? 私、大阪の高槻から旅行で来ているんですが心配で、電話をずっとかけているんですが通じないし、何かご存じありませんか、地震のこと」。
 偶然にも私の実家は高槻市だった。その日の朝の電話で実家の付近のことも聞いていたので、大きな被害がなかった旨を伝えると、彼女はやっと安心したようだった。
 しかし兵庫の叔父や叔母また先輩や友人は無事だったんだろうか。聞きたくても電話が通じない。実は私は夫の実家の用事で一月二十三日から三週間程帰国することになっていた。夫の実家である東京に行く前に大阪の私の実家にも帰ることにしていた。
 そして一月二十三日実家に戻ってからテレビの画面で恐ろしい地震の被害を知った。そして同時にあの悲惨な状況の中だからこそ一層輝いた心美しき人々の闘いも垣間見ることができた。
 今回の震災では多くのボランティアの方々が活躍して下さった。そしてその闘いは今なお続いていると聞いている。
 私もまた、その家族も創価学会のメンバーである。もちろん大阪の実家もそうである。地震の当日、母も我が家の地震の後片付けをしながらさっそくご近所に協力してもらって、毛布、セーター、カイロその他寒さを凌げるものを回収して回った。創価学会の男子部員の有志がバイクで被災地に届けてくれるからである。
 道路はずたずたに寸断され、陥没もあり、もはや車で被災地入りはできない。考えた末、バイクを使うことになったそうである。そしてその日のうちに大阪の男子部員二千八百名が『創価ボランティア隊』の名のもとに、バイクで被災地入りをし、避難者の受け入れ場所となっている各創価学会の会館へ届けてくれた。会館は学会員であろうとなかろうと近隣の方々が避難されていたし、また地域の対策センターの役目も担っていた。
 行政の手が届いていなかったその日に到着した物資に、被災された方々が喜んでくれたことは言うまでもない。この救援物資の運搬はバイク、トラック、運搬船、フェリー、クルーザー、ヘリコプターなどと全ての交通手段を駆使してその後も続けられた。私の弟も結婚して滋賀県に住んでいるが、『創価ボランティア隊』として日曜日には被害の激しかった神戸市内で被災された方々のお手伝いをして来たという。
 そしてもちろん被災地にいる多くの学会員も立ち上がった。自らの家が潰され、なかには愛する肉親を失った人もいる。しかし、「負けたらあかん、負けてたまるか」の心意気で、深い悲しみをおしての行動である。
 ある学会員さんが語っていた。
 「家は潰れてしもたが、信心で培ったこの心意気、そしてこの麗しい人間関係が潰れてへんから大丈夫や」。私は友の悲しみ、苦しみを我が事とし行動する人々、そして自分の悲しみを乗り越えて他人の事を思いやる人々のいる創価学会員であることを誇りに思う。
 しかし悲しいことに、日本のマスコミは我が同志の活躍を何一つ伝えようとしない。意図的に創価学会関係のニュースを削ろうとしているように思える。海外では公正に伝えられているのに。
 シンガポールの有力地元紙「ストレーツ・タイムス」(二月十四日)はこう記している。
 「おそらく今回の地震災害の際、私的な団体の中で最も組織化された救援活動を行ったのは仏教の信徒団体である創価学会であろう。彼らは地震の起きたその日に、早速食料、水、毛布などを被災地に供給した最初のグループだったといわれている。地震でも被害のなかった創価学会の会館は、避難センターと変わり、そこでは信仰していない人達も信仰している人たちも、分け隔てなく保護を受けている。(中略)創価学会の救援活動の模様は、一部の外国のメディアでは報告されているが、日本の新聞やテレビでは事実上ほとんど無視されている」
 その他、フランス、オーストラリアのマスコミでも同様の報道があったそうである。日本のマスコミの偏見には今更ながらに怒りを覚える。
 被災された方々のためにシンガポールでできることをと思い、シンガポール創価学会のメンバーと共に、私達夫婦もわずかであるが義援金を送らせていただいた。そして信仰者として亡くなられた方々へのご冥福と、被災された方々の健康そして一日も早い「あこがれの地兵庫」の復興を祈っている。