地球の星

  モハメッド・シェド・アリ 二十六歳 日本語学校学生
            神戸市長田区(バングラデシュ)


 地震の怖さを初めて知った。地震の瞬間、私は長田区の菅原通りのアパートにいた。私は地震に関して経験がなかった。私の国では全く地震はない。そこで私は以下の諸点を指摘したい。
 一 地震のダメージ それは、近代技術で建設された高層ビル、高速道路、地下鉄と駅が壊れてしまうほど危険だ。多くの人々が死にすべてを失った。火事が三日間続くのを見た。その時、電気、水、ガスの供給は断たれていた。
 二 地震の問題 家を失った後、すべての人は心細くなった。水とトイレの問題は想像もできなかったし、その次の問題として入浴と食料の問題があった。コミュニケーションの問題は、電話、電報と交通のように予想もしなかった。家を失った人は衣服も失った。このような冬の季節には、暖かい衣服なしに暮らすのは困難で過酷だ。気候は地震の後悪くなりほとんどの人が病気になった。学生は勉強できない。商売人はその仕事をやめた。
 労働者は働けない。生産はほとんどなくなり、私は経済へ影響を与えると思う。
 三 日本と地震 日本人と日本について説明するのは非常に難しいが、語るべきことがないわけではない。だれもが日本人に学ぶべきである。彼らは世界で一番だ。三日間で、彼らはすべてを管理した。食事と飲料水を運び、電気を供給し、電話、電報と交通を復旧し良好なコミュニケーションを復活させたのは信じられない。
 すべての日本人はよく働く。他人のためにはもっと働く。例えば、ボランティアや医療サービス。私はまた人々が使う仮設トイレを見た。彼らの高い技術がそれを証明するように、彼らは世界で最高だ。外国人と留学生のために、彼らはお金、衣服、食料その他、いつでも助けてくれる。彼らは外国人と日本人を分け隔てせず、常に日本人のように思ってくれる。
 四 日本人の女の子は、世界のほかの国とは全く違う。地震後彼女たちは困窮している人々のために一生懸命働く。一日中働く。彼女たちは、助けるのみで利益を考えない。彼女たちは地震の影響を受けた人々に食料を提供した。
 五 日本の子供 地震が来てから、私は家を出てすべての子供がおびえているのを見たが泣いてはいなかった。私にとっては特別な教訓だった。私たちは子供たちから「恐れるな、がまんしろ」と教えられた。
 六 外国人と留学生 地震のおかげで、だれでも短期間で、日本文化、日本語及び日本の活動を知ることができた。
 七 日本政府 地震の影響を受けた人々に対して、異なった形の決定を行った。警察、軍隊、医者、NTT及 びその他のような日本の管理者たちは、人々を救うのに適切な決定を下した。
 八 ふれあい 違う国の人々と出会い語る良い機会だった。彼らがなぜ人のために働くか。どのように働くか。私たちはそれを知り、その文化と目標を知ることができる。
 九 決心と自信 日本人は多くを失ったが、彼らの心は強く、国を再建できると確信しており、常に国の発展のために犠牲になると決心している。
 十 多くの教訓 私は地震によって、人々がどのように問題と戦い彼らを守るかを学んだ。地震がもたらした多くの苦痛、家族や親戚を失ってどう生きていくのか。食料の入手の困難や家をなくした困難。幾多の困難がある。私はまた現代技術と別のタイプの仕事の技術やシステムを見る。管理、計画そして指揮である。
 十一 地震のマイナス面 日本ではすべてが高い。私は家を失った人に尋ねたが、彼らはお金がないのでどうして家を再建してよいか分からないと言っていた。私はまた会社経営者たちにも会った。彼らは片づけるのに約五億円必要だと私に告げた。
 しかし日本政府はだれもが金利なしでローンを受けられると決定した。それは問題を解決するには良くない。政府はまた人々をお金で助けると決定したが、それは少な過ぎる。ほとんどの会社、工場と商業地は損害を受けた。だから失業問題が生まれるだろう。
 十二 結論 地震は悲惨だ。数分いや数秒で、長い時間をかけ一生懸命働いて建設したすべてが壊れてしまう。肉体労働者も知的労働者も死んでしまう。彼らは地球の星のようだ。しかし彼らは決して帰ってこない。我々は彼らを永遠に失った。この瞬間、私たちはそれを分けて考えるべきではない。私たちはみんな一緒だ。世界は単に世界ではなく家族だから、日本人と外国人の間には違いはない。私たちは常に覚えておこう。