「州兵はどこにいるのか」

   ピーター・E・フィリップス 五十歳 会社員 神戸市中央区(イギリス)


 阪神大震災の後一カ月がたって電気、電話、ガス、水道が復旧し、神戸の避難所にいる二十五万人の人々を除き、私たちの生活は正常へと向かっている。私はメディアの画像が他の場所の災害に移るにしたがって、自分自身の思考を集中することができるようになった。
 私は常に一月十七日の暗黒の朝を思い出すであろう。神戸市中央区のポートアイランドの七階建ての住宅の最上階で、私は凍りつく寒さの中で目を覚ました。耳をつんざくような音がして、建物全体が激しく揺れた。私はどうして自分がじっとしておれないのか理解できなかった。私は真っ暗な中にいた。街のすべての明かりは消えていた。
 揺れが収まって私はゆっくりと立ち上がり、何が私の小さな部屋の床全体にあるのかを見ようとした。天井から垂れ下がった影は、屋根が壊れたように見えた。台所では割れた床板の鋭くとがった角が素足に当たった。私は靴と暖かいコートを見つけに寝室へ戻った。部屋を出て見たこともない混乱状態の非常階段を下りて、駐車場の車に向かった。
 かさばったコートを着込んだ近所の人達が、明かりを持って車を通り過ぎていった。夜明けの光の中で、建物には致命的な破損は見つからなかったが、電気やガスの供給は停止していた。
 静かだった電話が鳴った。ロンドンに住む友人からで、衛星テレビの報道で地震を知り私の安否を確かめようとしてくれたのだ。側近が睡眠を妨げることを恐れて、七時半前には起こされなかった日本の総理大臣より先に、彼はニュースを知っていたのだ!
 私は勤務先まで歩いて行くことを決めた。市内は爆撃された町の悪夢を見ているようだった。交通は大混乱し、何百人もの人々が徒歩と自転車で道路にまき散らされた残骸や亀裂を避けながら道を進んでいた。多くの有名な建造物が瓦礫に横たわり、火事で黒こげになり、奇妙な角度で傾いていた。私の勤める製鉄会社のほとんどの建物は、完全に壊れていた。
 地震の最終被害は想像もつかない。
 大地震は中央政府のある東京に起こると予測され、一般的には、さほど大きな影響を与えないとされていた。しかし、今や現実的で実現可能な災害計画を立てるチャンスが来たのではないだろうか。
 自治体の災害対策は不合理なまでに楽観的な仮定に基づいていた。神戸市は震度5以上の地震を想定していなかったし、すべての道路、鉄道、電話が引き続き利用でき、その災害対策スタッフが全員活動できる計画しか持っていなかった。今回の地震は予想の倍もの被害を出し、ほとんどの幹部が動けなかったし、交通は寸断され、コミュニケーションはとぎれてしまった。
 日本人は彼らの現代的な社会基盤のもろさにショックを受け、ちょうど一年前に起こったカリフォルニアの地震について、最新の設計と対策がなされている日本ではあのような被害は起こり得ないと語った日本人の技術者は、前言を取り消さなければならなかった。
 全般的かつ継続的に印象的だったのは、民間防衛隊や軍隊が全く存在しない状況で、動揺や犯罪や暴動もなく、水や食料を何時間も整然と並んで待つ人々の冷静さであった。CNNのクルーは私に、
 「どこに日本の州兵はいるのか!」と、たずねた。アメリカ合衆国では災害時に、州兵(ナショナル・ガード)が、救援と治安維持のために素早く派遣される。
 人々と組織は全く「自主的に」お互いを助けた。最初の数時間以内に、彼らはミネラル・ウオーターと食料を何マイルも先から運んだ。全く分け隔てのないヒューマニズムによって、家を失った韓国人や中国人やベトナム人と近隣の人々との間には、助け合いがなされ、完全な民族調和が見られた。
 神戸市は時が来れば再建され、以前のような公園と新旧の建物の混じった美しい町になるだろう。ローンを抱え、保険でも救われなかった人々も、徐々に家や商売を再建するだろう。しかし、多くの人々は公共の建物に入らざるを得ないだろう。現代的な生活をするのには高いコストがかかり、とりわけ今は厳しい規準が必要だ。
 個人的には、幸いにも生きのびたという忘れられないくらい大きな精神的衝撃を受けた経験であった。私たちの生活を支える「現代文明」を維持しているのは、中世と変わらない、ほつれやすい糸である。その糸が切れたならば、生存するには余りにも多くの人々が地球に存在している。私はこのような広範囲のライフラインの破壊に対処できる国があるのか疑問である。