がんばれ被災地の子供達

       亀田 正司 三十三歳 美術館職員 神戸市西区


 お姫さまのイラストを二枚仕上げた。これは、幼児教材のぬりえ。私が勤務する姫路市立美術館の子どもイベントに使うテキストである。一九九五年の夏、神戸から、大阪から、もちろん地元からも、チビッ子たちが遊びにくる。完成したイラストを見て微笑んだ。
 「ねえねえ、亀田先生。私、かわいい女の子が描きたいの。上手にできたらここに飾ってね」
 昨冬、絵本原画展の鑑賞に来たK保育園の女の子たちにせがまれた。
 「よっしゃ、夏休みには可愛らしい女の子のぬりえをつくったるで」
 物語を読んで背景をイメージする。小学一年生には少し難しいかなと思いながら夢ごこちとなる。
 ゴロゴロゴロ……。ゴロゴロゴロ……。何の音だろう。胸が締めつけられる。また、ゴロゴロゴロ。地下でボーリング工事? 雷? わからない。ゴロゴロゴロ。「変な夢やなあ」。目覚めてトイレに行き、時計を見た。ちょうど午前三時。悪寒がして寝つけな
 かったが、いつのまにかウトウトした。
 ガッシャーン ドドド、ドーン! 大爆発がおき、自宅のマンションが崩壊したと思った。瞬間的に死を考えた。無意識で立ち上がり、柱で背中を打ちつけられる。
 「なんやこれは! なんや、なんや」
 叫ぶと妻の声が帰ってきた。急いで妻子のもとへ。そこで大きな揺れ。
 「地震よ」
 「東京か?」
 「わかれへん」
 「こんな揺れたら東京は全滅やで」
 また大きな揺れ。三歳の娘はまだ寝ている。
 「六時前か。明かりは?」
 「停電してる!」
 そしてまた強震。窓を開けると、暗闇に懐中電灯の光が蛍のようにさまよっていた。
 ガチャガチャとガラスの破片を踏む音が方々から聞こえてくる。懐中電灯であたりを照らすと愕然とした。家財の大半が大雪崩。粉々にガラスが散乱、集めていた壺や皿も真っ二つ。電話がかかり、長田に住む妻の母が叫んでいた。家が全壊しタンスの下敷になったが、助けられたという。私は腰をぬかしてしまった。
 六時半頃、マンション住民は階下の駐車場に集まっていた。寝巻にコートだけの中年男性。ホッペを血で染めた若い女性。足をガラスで切った老婆。向かいの高校生のお嬢ちゃんはカバンを抱きしめる。中にはケガをした猫がいた。
 誰かがラジオを大きな音で流している。それを皆で聞いた。
 「今朝五時四十六分、兵庫
 県淡路島北部を震源に大きな地震がありました。淡路・神戸震度6、京都震度5」
 震源地はすぐそこではないか。皆呆然と立ちすくんだ。
 震災直後から「生きる」ドラマが始まった。住民の結束の輪、ボランティアの活躍、助け合い、励まし合い、そんな人間の裸の姿が大勢の涙をさそった。
 だが、鬼たちも被災地にはいた。三万円の水、五千円のやきいも。悪徳商売が横行し、火事場泥棒も潜伏し、肉親や故郷を奪われた人たちは絶句した。テレビのワイドショーでは赤ちゃんの誕生を大げさに飾りたてる。子を失った若い母親や妊婦さんには拷問に等しかったろう。復興に向けての明るい報道とはうらはらに、被災地の悲しい現実もあった。子どもたちの眼はもっと悲しかった。
 四日目にして水がなくなった。ついに、家族三人は職場のある姫路市に一時避難。お風呂が天国だった。温かい食事も食べた。大勢の関係者からのお見舞いに感謝したが、神戸を逃げたという思いも心の片隅にあった。
 そんなある日、一人の少女から大きなお便りが届いた。差出人は小野市に住む六歳の女の子。教え子ゆいちゃんだ。封筒には愛らしい絵と手紙が入っていた。縄跳びとマラソンと歌。これは彼女の特技。お気にいりのワンピースを着た三人の女の子は本人だというが、私には元気な明日の神戸っ子に見えた。色鮮やかなクレパスの世界に自然と涙があふれた。
 「先生に絵を描いて送りたい」
 そうお母さんに言いだしたという。
 「せんせいのおうちがなおったらあそびにいくからまっててね。がんばってね」
 小さな子どもでも、こん
 なに大きな思いやりが……。ゆいちゃんの絵は命の水よりも嬉しかった。
 以後、子どもたちの明るいニュースは尽きなかった。学級新聞を作り、避難所の老人に配る小学生たち。ある高校ではドッヂボール大会もあった。再会を喜ぶ顔も嬉しい。泥んこのトレーナーにあかだらけの笑顔。重たい水を運ぶ少年たちがたくましかった。大学生のお姉さんにまじり、小さな手でおみそ汁を手にする少女たちも微笑ましかった。学校へ行けなくても、子どもたちは「社会」で大きなことを学んでいる。
 「いつまでも下をむいていてはダメだ。彼らのためにも夢ある教育事業をしなければ……」
 被災地の子どもたちや教え子に励まされ、私は心新たに再出発を誓った。
 一週間余りで、水もガスもない神戸の自宅へ。部屋の片付けをするうちに、お姫さまのイラストが見つかった。
 「おいてきぼりにして、私寂しかったのよ!」
 そう言っているようだった。
 「わるいわるい。夏休みには神戸からお友だちいっぱい呼んで、おもいっきりおしゃれさせたるからな」
 震災で子どもたちから学んだことははかりしれない。