地震とぼく

     呂 柏寛 十五歳 国際学校九年 神戸市東灘区


 「ガランガラン」
 暗闇の中で、ぼくはすごい揺れと音とともに起きました。暗闇の中で何も見えなかったが、ぼくの部屋にあった本やかざり物が落ちてくる音がはっきり聞こえました。
 部屋が円をえがくようにおもいっきり揺れていたのといろんな物がぼくの足に当たったのを感じました。ぼくの頭は真っ白で、考える能力を失っていました。
 地震は実際のところ二十秒だったらしいですが、あの時のぼくには一分ぐらいに感じました。とても怖かったので、布団にしがみついていました。
 これが地震だったということに気付いたのは、揺れが止まってからでした。あまりのショックで、ぼくは布団から動けませんでした。
 しばらくするとお父さんがあわててぼくの部屋に入ってきて、大丈夫かと聞きました。ぼくはショックで答えることができませんで
 した。妹も後からあわててぼくの部屋に入ってきて
 「いまの地震感じた?」
 とぼくに聞きましたが、ぼくはしばらくしてから
 「何だ今のは?」
 としか答えることができませんでした。
 朝になるとやっとぼくの部屋の様子や家の様子が見えるようになりました。
 ぼくの部屋の床は本やいろんなかざり物でうまっていました。ぼくの本棚は空っぽになり、壁に貼ってあったポスターまで落ちました。
 リビングルームに行くとテレビやソファ、テーブルなどが違う場所にありました。キッチンなんかもめちゃくちゃになっていて、とても片付ける気になれませんでした。
 でももっと驚いたのは外に出てからでした。地面のところどころにひび割れがあったり、でこぼこになったりしていました。まるで映画のワンシーンを見ているようでした。
 地面の中から泥みたいな物が出てきて、その上を歩いたらけっこう深いことに気付きました。
 家に帰っても電気と水とガスがなく、ラジオを聞く以外にすることがありませんでした。ラジオを聞いていたら死者の数がどんどん増えていたのでとてもびっくりしました。
 家に食べ物があんまりなかったので、午後はローソンでなにか買おうと思って二時間も並んだだけで、結局なにも買えませんでした。
 品切れで、ローソンの人は並んでいる人たちに謝ったんですけど、ぼくの前にいる人やほかに並んでいる人はかんかんに怒りました
 。
 「バカヤロー!」
 「ふざけるな!」
 などの声が聞こえました。
 夜になると電気が来て、テレビが見られるようになりましたが、水とガスはまだ来てませんでした。テレビを見たら火災が起きた所や橋が倒れた所などが見えて、とても信じられませんでした。
 この日は一日中寒い思いをしたので、電気が来てからこたつに入れてとても幸せでした。その日一日はとても長く感じられる日でした。
 二日目は朝九時から近くのカナディアンアカデミーという学校に行って避難しました。プロパンガスがもれて、危険だったからです。
 そこで午後まで一日中冷たい床に座っていて、ほかにすることがなくてとても退屈しました。午後までずっとラジオを聞いていて、早く家に帰りたいなーと思っていました。この日は家の大切さと暖かさを学んだ気がしました。
 三日目からぼくとぼくの家族は大阪に行くことにしました。お父さんが十時間も運転してやっと大阪に着きました。その間は車の中で吐きそうになりました。
 大阪ではチャンミンの家族といっしょに同じ家に住みました。この家でおふろに入った時は甦る気分でした。
 それと食べ物がいっぱい置いてあったお店を見ると、大阪は天国だなーと思いました。
 この地震でぼくは電気、ガス、それと水の大切さを学びました。電気とガスと水がなかったらぼくらの生活はすごく不便になるということが分かりました。
 だからこれからはもっとありがたい気持ちで電気と水とガスを使うことになると思います。
 それとぼくは自然の強さと怖さを学んだと思います。だからこれからは地震やほかの天災にも注意しながら生きていきたいと思います。