機動隊員の夫

      橋口 美和子 二十八歳 主婦 神戸市長田区


 一月十七日、主人は前日からの当直勤務のために不在。私は二歳の息子を連れて近くの実家に泊まっていた。
 午前五時四十六分、大男に家をゆさぶられているのかと目を覚ますと同時に、地震だと認識。恐怖のあまり、ふとんをかぶるが、子供は寝ている。私はあわてて息子に自分の身体をかぶせた。
 頼りになる主人はいない。とにかく、この子は私が守らなければ、その思いだけで激震に耐えた。ガラスの割れる音が重ねて聞こえる。世界の終わりに思えた。
 揺れがおさまる。どのくらいの時間揺れていたのか、全くわからない。父と母が茫然としながらも子供の無事を確認しにくる。
 「とりあえず、外に出ないかん」。父はそう言って玄関のカギを開ける、が開かない。私は一層、恐怖がこみ上げてくる。
 「太郎、太郎」、まだ寝ていると思って子供に声をかける。
 「ママ、かくれとこう。ママもかくれとこうよ。こわいから」。子供は、ちゃんと起きていたのだ。ただ、あまりにも怖かったのか、目を閉じて、寝ているふりをしていたのだ。もぐって出てこない。
 父は窓から脱出。道具箱を探し出し、バールを私に外から手渡した。私は玄関の内側から、カギをこじ開けた。カギがかかったままドアが変形したため、開かなかったようだ。外に出る。近所の人の大半が表に出て来ている。六時を過ぎる頃、母は兵庫区上沢通にひとりで住む祖母が、けがをしているかもしれないので見に行くと言う。
 うっすらと明るくなってきた。家の中へ車のカギを取りにもどる。
 熱帯魚の水そうの水は半分なくなっている。タンスは机の上に倒れ、額ブチは全て落ち、電灯は引きちぎられたように私達のふとんの上に散乱していた。ピアノは一メートル近く移動していた。けががなかったのが不思議に思える。
 父と母と私、息子の四人で車に乗り、祖母の家へ向かう。南に下るにつれ被害のひどさに声を失う。母は動揺したのだろう。
 「お父さん、どうしよう、どうしよう。こんなのじゃ、けがでは済んでないわ」。そのくり返しだった。六時四十分、上沢通へ着くが、祖母の家が無い。いや、あった。二階が一階に、そして一階はつぶれて見当たらないのだ。
 今、思い出しても、そこは地獄だった。水は道路にあふれ、人々は毛布をかぶり、なす術もなく道に立ち、あちらこちらで煙が上がり出す。
 「おばあちゃん! おばあちゃん!」。一階の高さになった二階の部屋に入り、声をかける。
 「静かにせえ! 返事が聞こえる!」。父がさけぶ。
 それから何時間かかっただろう。父はひたすら素手で板を割り、近所の若い男の子に手伝って頂きながらガラスをのけ祖母を救出した。幸い、ひどい打ち身はあるが、それで済んだようだ。わずか五十センチほどの空間に、まるくなって寝ていたので助かったみたいだった。下半身には何かが乗っかって動けなかったようだが、今となっては一階がぐっしゃりつぶれているのでわからない。
 私はすぐ、主人に連絡を、と思う。主人は昨日から当直。職場は県警の機動隊。連絡など、とれるはずは無い。きっと一週間は帰ってこないだろうと思った。当てにするまい、と思った。子供は私ひとりで守らなければ、パパは大勢の人達を救出しに向かっただろうからと、太郎を抱く。
 祖母の救出後、すぐ近くの家から火の手が上がった。原付で泣きながらかけつけた妹と私と父は、まだ倒壊した家で生き埋めになってる人がいるという場所へかけつけた。早く出さなければ火の手がくる。
 もう誰が誰なのか知らないが、とにかく助け出すのに必死だった。消火器を持って走る父。窓から部屋に入ってタンスを外へほうり出す男の人。人を集めに走るおばさん。
 「助けてくれ!」、男の人の声がする。だけど家の中がメチャクチャで、手のつけようがないらしい。声のする所へたどり着けないという。
 「ボーン! ボン」
 「皆、離れて! 灯油缶がある! ガスのボンベもある! 爆発する!」
 どうしようもなかった。声のするまま、煙りにまかれて皆その場から離れた。本当に仕方がなかった。そして私達は祖母を連れ、帰った。

 地震四日目、やっと主人が夜中に帰って来た。
 「おつかれ様、今日も帰ってこないかと思ってたわ」
 「生きとったか。よかった」。そう言って大きなため息をつく。笑顔はなかった。目が赤い。くすぶった臭いがする。
 「少し仮眠して、また行くから」私はほとんど何も質問しないようにした。

 その日から、夜中には少しずつ帰れる日があった。少しずつ、主人も仕事のことを話した。
 「涙で前が見えない。生きて救出する人の数が、日に日に減ってくる」と言って肩を落とす。主人の安全ぐつの底が焼けただれて溶けている。
 時々通じるようになった電話が鳴る。主人の父母からだった。弟は福岡の機動隊にいるが、数日中には神戸へ出動するとの事。
 「まさか、こんなふうに兄弟で仕事するとはなあ。でも俺、今まで以上に神戸が好きになったよ」。電話を切った主人が言った。
 主人が倒壊した兵庫署に到着し、救出しようとした警察学校時代の教官が叫んだ。
 「俺はいい。二次災害になるかもしれん! お前、来るな!」。その言葉を心の支えに、体力の限界が来ても主人はがんばれると言った。
 最近になって見かける言葉。「がんばれ! 神戸!」。私も心の中でくり返す。