心の持ち方

        西口 美代子 十六歳 高校一年


 一月十七日午前五時四十六分。日本が少しずつ目覚めはじめた頃、大地もまた目覚めた。大地の 目覚めは、阪神大震災と名付けられたが、喜ばれざる名であり、多くの犠牲を出した。死者五千四百二十人。家屋を失くし、途方にくれている避難住民も大勢いる。
 二月十七日、私は長田へと足を運んだ。
 「家の周りはそんなに被害がないし、テレビで見ても実感がわかないから、この目で見てみよう」
 と、作文のためというのが、動機だった。
 はじめは普通の通りだったが、ふと気付くと、辺りは平屋のようだった。一階がつぶれ、二階が真横にある。
 「この下敷きになって亡くなった人がいる」
 そう思うと、怖くなって、慌ててその場を離れた。もちろん死者に対して失礼だとは十分わかっている。それからいくつも、半壊している家、ビルを見た。他人の家だから言えることなのかもしれないが、面影を残しているぶんだけ、全壊よりも半壊の方が切なく感じる。
 沈みこんでゆく気持ちを引きずりながら、私は火災のあった場所を目指していた。方向音痴の私は、なかなかその場所を見つけられず、「帰ろうか」とあきらめかけた時、通りの向こうの方に、何かが倒れこんでいるのが見えた。目の悪い私は、それが屋根に見え「またか」と思いつつ近付いてみると、それは、電柱だった。あちこちから電線がぶら下がり、地面をはっている。まるでお化け屋敷のようだった。
 その時はっとした。そこは焼け跡との境目だった。横のビルを見ると、黒く焼け焦げていた。誰かがどこかで言っていた。「戦後のようだ」。私もそう感じた。当然、本物の原爆が落ちれば、こんなものじゃないのは分かっているが、他に表しようがない。それほど筆舌に尽くし難いものだった。ゴミ処理場のような焼け跡を見ながら歩いていると、陰にはいった。上を見上げると、真っ黒いビルが、今にも私に、覆いかぶさろうとしているようだった。
 辺りをみても誰もいない。私は、荒廃した星にたった一人、取り残された気持ちになった。
 「今、本当に一人になってしまった人、自分の家が焼けていくのを、ただ見ているしかなかった人達は、どんなに辛いんだろう」
 途端に胸が苦しくなり、のどが詰まった。目の前がぼやけて歪んでくる。ふと人の気配を感じ、慌てて目をこすった。その人は大きな荷物を背負って、自転車で走り抜けていった。
 家に帰り着いた私は、自己嫌悪に陥っていた。「私はただ珍しいものが見たかっただけなのかもしれない。人の気持ちも分からずに」。そんな言葉が、頭の中を行ったり来たり。被災地を訪れる前に、もっと状況をよく調べ、把握していれば、こんなに悩まずにすんだかもしれない。私の行動は、軽率すぎた。
 今回の地震で経験したことを文にしてみて分かったことがある。「大事なのは、何でも気の持ちようだ」ということ。「社会勉強」というような気持ちで出掛けた私が、帰って来るころには「自己嫌悪」に陥っている。これも気の持ちようが変わったせいだ。
 義援金を送ったり、ボランティアに参加している人の中に、
 「自分のしていることは偽善なのかもしれない」
 と悩んでいる人がいるらしいが、それも気持ちの問題で、自分で「偽善かも」と疑ってしまったらその時点で、本当の善であっても、偽善になってしまうと、私は思う。善だと思ったら、人がどう言おうと、自分を疑わず、まっすぐ進んでいくべきだと思う。この地震によって感じたこと、学んだことを忘れず、私も私なりの善を貫くつもりだ。