勇山 宏幸 二十八歳 自営業 神戸市長田区


 「あっ! 地震だ」と思って目が覚めた。いつもの神戸ならこの程度の揺れだけで済んでしまうのだが、今回の地震は、この次の瞬間、想像を絶する縦揺れと横揺れで、五秒もしない間に家の下敷きになった。屋根が、容赦なしに私の体に積み上げられ、頭と顔には土壁の砂のようなものが被さってくる。
 息が苦しい。木材の破片が、下唇のあたりに直撃する。
 「あー、もうこれ以上物が落ちてきたら死ぬかもしれへん」、一瞬、死も覚悟した。しかし、幸いにも揺れがおさまり、それ以上物は落ちてこなかった。なんとか助かった。あたりは、暗黒の世界で何も見えない。どういった状況なのかも感覚でしか判断できない。隣の部屋で寝ていた両親に声をかける。
 「おやじ、だいじょうぶかー?」
 「宏幸ー、早いとこ電気つけてくれー」。
 父は、この時点で家が潰れているということを認識できていなかったと思う。
 「お母さん、だいじょうぶか?」
 「大丈夫やけど、全然動かれへん」
 家族全員、家の下敷きで身動きもとれない状況であった。
 これは、本当に大変な事になった。私が早くこのガレキの中から抜け出して両親を助けんとあかんと思い、自分の体の上にある板を何度も押し上げた。頭の上にやわらかい部分があり、そこを押し破ってなんとか立ち上がれるくらいのスペースが出来た。
 部屋に置いてあった目覚まし時計が鳴りだした。六時にセットしておいた。夜が明けるまであと一時間か、と思った。そうすればもう少し明るくなるだろうと思いながら、上の方へ這い上がった。するとそこは、隣の家の二階のベランダが頭の高さにあった。ベランダによじ登り、あたりを見渡した。東の空が赤くなり始めていた。
 「あー、東の方は火事や」
 しかし、その時点でまさか自分の家が焼けてしまうとは、夢にも思わなかった。これだけの近代国家である。すぐに消防車が来て消火してくれると思った。ベランダの周りは、ガラスの破片が粉々になっている。足は裸足で三カ所ほど血が出ている。お隣りには悪いと思いながら、窓からカーテンを引きちぎり、一枚を肩から羽織り、もう一枚を二枚に破って足にくくりつけた。
 「冷静にならなあかん、冷静にならなあかん」と、自分に言い聞かせた。あたりは潰れた家の埃の独特の匂いと、ガスの匂いが混じり合っている。ベランダから下には暗くて跳び降りられない。とにかくベランダを伝い家を渡った。ちょうど手の届くところに鉄製の街灯があったので、その柱にしがみついて一階まで滑り降りた。
 五軒ほど北側に妹夫婦が住んでいるので、まず走って行った。特に四歳になったばかりの姪のことが心配になった。妹の家はペッシャンコ。幸い主人は自力で脱出していた。
 「由美と安奈は?」
 「まだ中や」
 隣の家の方からは、「小川です! 助けてー、助けてー」と二人の声がガレキの中から聞こえる。
 「すぐに助けにいくから待ってくれ」と言っても、「助けてー、助けてー」
 と叫ぶだけである。
 幸い、妹も子供も怪我なく助け出せた。
 「安奈、だいじょうぶか? 痛いとこあったら言うてみ」と聞いてみたが、怯えて、いつもは元気な子供が何も答えない。
 妹もいったん、家の外に出て初めて現実の悲惨さを把握する。とにかく砂煙と埃で呼吸がしにくい。のどに砂がこびりついたようになる。何度も吐きそうになった。しかし、休んでいられない。火のまわりは思ったより早く近づいている。
 自分の家に戻り、もう一度、屋根の割れ目から中に入る。母も意外と早く上から引き上げることができた。しかし、父の寝ていた所は運悪く、まともにタンスの下敷きになり、まだその上から屋根の大部分がのし掛かっていた。側面から助けようとしたが、人間の力では、びくともしない。父との会話はできるが、痛いらしい。
 依然としてガス臭い。近くで爆発音のような音がする。とにかく呼吸がしにくい。だんだん焦りが出てくる。仕方なく、屋根瓦を一枚一枚めくっていく。瓦をのけると土を払いのける。板を力一杯めくり上げ、骨組みを一本一本たたき割る。なかなかうまくいかない。
 とにかく、父を助け出した時には、火は隣りの町まで来ていた。
 「もう命さえあったらええ、また一生懸命働こう」と思って自分のものは、ほとんど何も持ち出せなかった。喉の痛みと疲労で体力も限界であった。
 ああ、もうすぐ家が焼ける。熱風で寒さも感じない。結局、この界隈は二日間燃え続けた。消火でなくて鎮火と言っていい。
> 今思い出しても怖い。たった十数秒の出来事で、家は粉々。どう考えても納得がいかない。父は、火がそこまで近付いても、なかなか家から離れようとはしなかった。
 まさか自分の人生にこんな災難が降り掛かってくるとは、考えもしなかった。あたりはますます勢いよく炎に包まれていった。家族の命さえ無事であればそれでいい。これから家族力を合わせてがんばろう。焼けていく自分の家を見届けながら、自分の心の中で何度もそう言い聞かせた。