冬空

      松田 育巳 三十六歳 専門学校勤務 神戸市須磨区


 突然上下に激しい揺れ。ベッドにたたきつけられるような衝撃で目が覚めた。
 「地震だ!」、そう思ったとたんに手は枕元の眼鏡と懐中電灯を探していた。
 今度は左右に振り動かされるような感覚。これでもかこれでもか、とでもいうような情け容赦のない揺れ方。この部屋には落ちてくるものはない、そう頭の中で確認しながら頬肉の揺れだけを感じていた。不思議にそれほど恐怖心はなかった。
 揺れがおさまり、隣の勉強部屋に入って驚いた。壁一面、天井まであった本棚が部屋一杯に本をまき散らし、すぐ前に置いてあった机の脚をその重圧で折り曲げ、その上にかぶさるように倒れていた。もしこの部屋にいたらどうなっていただろうとぞっとした。
 湿度の高い土壁の匂いがする。田舎のあばら屋に入ったときに経験した匂いだ。
 「とにかく逃げなければ!」
 不安定に傾いた本棚の背を踏み付けながら出口に向かった。
 ドアが開かない! 何度押しても開かない! 扉一枚隔てた向こうで母の悲痛な声がする。幸い窓が開いたので、いざとなれば二階から飛び降りても骨折ぐらいなら、と私はのんびりかまえていた。が、母はこれで大きな余震が起きればこの子は生き埋めになるかもしれないと悲壮だったそうだ。
 窓から見えるだけでも暗い夜空に火の手が三か所ぐらいあがっている。時間とともに煙の数が増える。静かだ。消防車の音はない。ガスの匂いがする。隣の家の二階が一階になっている。
 急に尿意をもよおす。どうしよう。余震があってもかまうものか。トイレが一番安全というじゃないか。とりあえず駆け込む。
 空が白んでいた。一時間ほどたってようやく、弟と近所の方々の協力のおかげで扉が開く。外に出て見ると、家は大きく傾いて、余震でもくれば壊れそうな状態だ。
 近くの小学校へ避難しようと向かう途中、今までこの付近にこれほどの人が住んでいたのかと思うほど大勢の人に出会う。どの顔にも落ち着かない表情が浮かび、毛布にくるまって道になすすべもなく座り込んでいる人も多い。小学校の門は閉まっていた。
 しばらくして隣の長田区に住む親戚が私たちの身を案じて来てくれているのに出会う。叔母の半泣きの顔がどんなに心配してくれていたかを物語っている。従弟はわが家まで歩いて来てくれた。途中生き埋めになって助けを求めている人の声を何度も聞いたという。誰もどうしようもない。
 叔母のマンションに避難し、束の間の休息。
 電話がつながらないので、公衆電話を探しに外へ出る。数十分してようやく人の列の果てに電話ボックスを見つけた。
 倒壊した家屋の間を人が行き交う。静かだ。こんなに大勢の人がいるのに、人の争う声もなく、サイレンの音もなく、ただ静かだ。悪夢といえば大げさだが、もしかしたら夢かもしれないと期待しながら何度も頬をつねった。
 じっと立っていると頬が冷たくなる。寒いのだが、寒さを感じる余裕がない。そんな感じだ。
 見上げるときれいな神戸の冬空がそこにあった。地上ではこんな混乱が起こっているのに空はいつもと同じなんだ。一昨年父が他界した日もこんなにきれいな空だったのをふと思い出した。
 地球から見ればこの大震災もちょっと武者震いした程度のことなんだ。そう考えるとなんと人間は無力でちっぽけなんだろう。
 待つこと二時間、ようやく親戚や職場に安全を知らせる。ヘリコプターが頭上を旋回している。報道のためだろうか。偶然出会った生徒と話をするのにも大声になる。まだ生き埋めになっている人もいるかもしれないのに必死の声がかき消されてしまうではないか。その無神経な音に腹が立った。
 配給を求めて近くの学校を回る。四校目でようやく人の長い列を見つけた。最初は食パン、一人一袋。やがて菓子パンに変わる。一人一つ。
 「家族八人いるんですけど……」
 喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
 その日はまだ朝から何も食べていなかった。
 真昼にもかかわらず煙で空が暗い。異様な匂いが立ち籠めている。鼻を覆って歩く。マンションに戻る。屋上から見ると、周りはあちらこちらで火の海になっている。遠くでビルが爆発を繰り返しているのが見える。
 夕方のニュースに見入っているとき、突然真っ暗になった。停電だ! 逡巡の末、須磨区の北にある、昨秋まで祖母が住み、今は空き家になっている家に向かった。北に上がると被害状態が軽く、家々に明かりが灯っている。ほっとするような明かりだ。
 「お月さんがきれいね」
 と母。私も先程から同じことを感じていた。布団に足をのばして眠れる幸せをありがたいと思い、眠れぬ夜を避難所で過ごしているであろう人々に申しわけないと思いつつ、浅い眠りについた。何だかわけの分からない一日が終わった。