私のドレッサー

        岩本 民子  四十三歳 主婦 神戸市西区


 私は二年前に離婚し、四歳の娘がいます。住居が見つかるまで、兄弟三人がすでに世話になっている祖母の家に身を寄せていて、そこで地震に遭遇しました。私達親子は木造家屋の二階の部屋で寝ていました。
 私は心臓病の持病があり、寝つかれない時は、いつも睡眠剤を服用しています。地震の前日の晩も寝つきが悪く午前一時頃になっても眠れず睡眠剤を飲みました。
 そのため、地震の揺れでも目がはっきりとさめず、すぐおさまると思って寝がえりをうち、また眠ってしまいました。ところが、子供の方がしっかりしていて、最初の揺れで目をさまし、起き上がって頭から毛布をかぶり、下に降りて外に出ようと思ったそうです。
 でも、このまま私をおいて出たのでは、「母ちゃんが危ない!」と思って、頭から毛布をかぶり、私が目をさますのをじっと待っていたそうです。そうしている間に、部屋の中のたんす類が、グラグラと動き、すぐに電気が消えてまっ暗になり、和だんすとベビーだんすが体の上に落ちてきました。
 子供の体の上に、和だんすの下段の六個の引き出しが次々と落ち、私の頭の上には和だんすの上段がおちてきました。子供は、母ちゃんが死んでしまったのではと恐怖で一杯だったようです。
 しかし、私は和だんすと向かい合わせに置いていたドレッサー(三面鏡)のお陰で命拾いしました。ドレッサーは私の上に倒れてくる和だんすを壁の反対側で受け止め、引き出しがあたったもののたんす本体との間に少しのすき間を作ってくれました。
 私は子供がどこにいるのかも全くわかりませんでしたが
 「母ちゃん」
 「まさよ」
 と呼びあって暗やみの中を外へ出ました。幸い子供は毛布をかぶっていたのでけが一つありませんでした。
 三時間近く、外の車の中から一家六人で家がくずれるのではと、じっと見守っていました。
 お昼前になり余震が少しおさまってから部屋を見に入りました。私は自分の部屋の中の様子を見てびっくりしました。
 なんと地震でドレッサーのかくし扉が開き、アクセサリーがこぼれてまばゆいばかりに輝いていたのです。私は、それを見てこの鏡になにか魔法の力が働いたように思えたのです。アクセサリーは何一つこわれていません。
 私は、普段あまりおしゃれをしないので、このかくし扉は年に一度ぐらいしか開けません。アクセサリーにもあまり興味がなく、このかくし扉の中身も自分で買ったものはありません。すべてがプレゼントの散らばったアクセサリーの中には、別れた主人からもらった物もありました。
 和だんすを受け止めたドレッサーは、テーブル部分に三カ所ほどかすかなへこみができ、横にスリキズも二カ所できました。でも鏡部分には全くキズがなく使用するのに何ら支障がありません。
 私は心の中で「ありがとう」とドレッサーに語りかけました。このドレッサーは自分の身を呈して、私達、親子の命を助けてくれたのだと思いました。私は、一生このドレッサーを大切にしていきたいと思います。
 家もあちこち壊れましたが、幸い修理すれば何とかなりそうです。私はこの阪神大震災の恐怖感よりも、このドレッサーが二人の命を守ってくれた感謝の気持ちを一生忘れないと思います。