日常性の断絶

        山中 隆太 三十五歳 会社員 神戸市東灘区


 あの時、目の前に広がった現実とも悪夢とも区別がつかぬ光景を、どう受け止めればよかったのだろう。昨日とはかけ離れた異空間に突然放り込まれたような不思議な感覚だった。チグハグな世界だった。崩れ落ちた自宅の前で毛布にくるまり、呆然として座り込む老婆のかたわらを、夫婦が犬を連れて散歩をする日常があった。
 冷たい大地に整然と並べられた遺体を見て、まるで映像を通して見ているかのような錯覚に陥った。波のようにうねった道を歩く人のスピードは車より速く、ほとんどのビルや電柱が傾いたせいで、平衡感覚を狂わせた。
 あの日は異次元と現実を行き来しているようで、とにかく自分を取り戻すのに相当な時間を要した。埃にまみれた街中を、錯綜した混乱だけが支配していたように思う。
 みんな最初に何をすればいいのか分からなかった。実際、震災直後に出勤を試みたサラリーマンは少なくなかったという。「日常の継続」という器の中に首までどっぷり漬かっていたのだから無理もない。
 私自身神戸に地震が来るなんて想像もしていなかった。正直言って、大地震など別世界の出来事だとたかをくくっていた。
 「ドーン」という大音響と共に身体が宙を舞い、ガラスや食器の破片が飛び散った部屋の惨状を目にしても、地震だという確証は持てなかった。最初はマンションのエレベーターが爆発したと思ったくらいである。行き過ぎた過信は人の判断力をも狂わせてしまう。それが一番恐ろしいことの一つではなかったろうか。
 地震の研究機関では、以前から神戸の危険性が指摘されていたという。この事実をいったい何人の市民が知っていたというのだろう。切迫した状況をそのまま市民にアナウンスすれば当然パニックになる。そうではなく、活断層の存在や大地震への心構えを時間をかけて啓蒙すべきではなかったか。
 いつ訪れるとも分からない未来の恐怖に大金をかけて家屋を補修する人は少ないかもしれない。しかしそれに比べれば、箪笥から離れて寝たり、家具に固定金具を取りつけるのは苦もないことである。個人レベルの簡単な対策を実行するだけで、きっと何分の一かの人は助かったに違いない。知識のなさを悔しいと思った。非公開主義の行政を恨んだ。
 「地震の時はすぐ火を消す」「テーブルの下に潜り込む」「とにかく外に出る」、そんなありきたりの常識はことごとく打ち砕かれた。それらはみんな軽い地震の心構えであって、ほんの数十秒で街ごと崩壊させるほどのエネルギーを持つ今回のような激震には何の役にもたたなかった。
 いつも事件や災害が起こる度に「これを教訓に今後の対策を練る」ことから再出発する。経験を後世に生かすのも大切だが、予測の確率を高め、起こりうる事態への対処方法を構築するとともに、市民に危機意識を醸成する息の長い活動が求められる。
 いうまでもなく神戸は美しい街である。海と山に囲まれた素晴らしい環境にひかれて移住する人も多い。実は私もその一人だった。青春時代をこの地で過ごし、それ以来ずっと神戸に住むことを夢に描いてきた。昨年、やっとその夢がかなった。「帰る場所に帰ってきた」というのが実感だった。だから廃墟と化した町並みを見るたびに今も胸が痛む。
 愛すべき街をなくしたことは大きなショックだが、震災後も九割以上が神戸に留まりたいと願う市民の愛着心は、きっと復興の原動力になるに違いない。街に活力が戻りつつあるのも、深い悲しみを乗り越えて立ち上がろうとする市民の力強さにほかならない。
 私のマンションでもコミュニケーションが活発になったし、互助の精神が育まれた。確かに私たちは多くのものを失った。しかし、学んだことも数多い。思いやり、助け合い、ありがたさ、家族の絆……。そんな本来人間として大切にすべきことを、どこかに置き去りにしてこなかっただろうか。この震災は忘れかけていたものを思い出させてくれた。ある意味で社会の原点を知らされた気がする。
 火の周りに人が集まり、自然と仲間意識が芽生え、生活情報は口コミで伝わった。歴史的な規模のボランティア活動は社会の自浄作用だったと思う。美しい心を持った人たちがあんなにも大勢いたことに感激した。「困った人を助ける」、そんなあたり前のことを皆が自覚し、底辺が広がったボランティア活動を素直に喜びたいと思う。
 小学生でさえ親に指示されるまでもなくパンや牛乳を配って歩いた。大人に与えられたおもちゃをなくした子供たちは、自分たちで廃材を工夫して遊んだ。震災を体験した子供たちは、以前より一回りも二回りも大きくなったように見える。人に優しくなり、何よりも逞しくなった彼らが大人になる頃、きっと神戸は前にもまして素晴らしい街に生まれ変わっていると思う。
 四歳になる娘が「もう地震はね、来ないから大丈夫。私がついてるから」と、言ってくれる。
 幼い心に刻まれたのは傷ではなく、強くなるためのビタミンだと思いたい。そして私は今、心の底から神戸に骨を埋めたいと思い始めている。