新しいものが生まれる

         安藤 衣子 五十歳 神戸市西区


 十六日の朝、家ごと放り出される夢を見ました。それが地震の正夢だとは思いませんでした。その事はだれにも言わなかった。
 主人は朝四時ごろに起きて、体操をしたり座禅を組み、写経をするなどとても朝忙しい人でした。私を一人、自由に寝かせておいてくれました。 五時三十分、私の起床時間です。でも、十七日の朝はなぜか十分早起きしたのです。そして朝食をすませ、二階に上がり時計を見たのが五時四十分でした。
 六分後、上下のゆれ左右のゆれ、凄まじい地獄を体験しながら一瞬死ぬと思いました。ゆれが長かった、とても長かった。主人は一階で無事だろうか。真暗闇の中、主人を呼び続けた。返答がない。ひょっとして外に飛び出したのかもしれないと、ドアを押すがあかない。裏から表に出てびっくりした。
 最高の生活から、なにもかもがなくなったあの風景は生涯忘れないでしょう。主人がいない、死ぬはずがない、元気な人なのに。不安の気持ちが現実化した。七時過ぎに近所の人が主人をみつけて下さった。階段の中ほどで手首だけがのぞいていました。その手を握りながら、
 「何故、死ぬんや、生きてほしかった」
 近くまで火が回って来た。大事な身の回りの物を持ち外に出た。警察や消防の人達が助けに来て下さったけど、生きている人達優先との言葉に、私はそれ以上お願い出来なかった。場所がせまく二次災害になってはいけないとの事でした。主人も解ってくれた事と信じてます、ごめんなさい。
 でもその夜、火が入りすべてが焼失してしまいました。主人はひょっとして出してもらえたかもしれないと思い、警察に行きました。それもむなしく、焼けただれた胴体だけが発見されましたが、私はよく見ていません。
 それから骨になるまでの長かった時間、死んだ人達はどうなっているのだろうと考えた時もありました。自分の冷静さに心冷たいものを覚えました。
 健康には人一倍自信があり、それだけ努力努力の日々を送り、百歳まで生きるんやと五十二歳になっても若い人達の中に入れてもらってツーリングによく出掛けていました。私はその間心配ばかりしていました。
 「おまえの世話はわしがするから安心せえよ」
 と口ぐせのように言っていた約束はどうするんですか、一人ぽっちにして。
 結婚生活三十一年、人が寝ている間に起きて働き、夜遅く日曜も仕事仕事の新婚時代。それも又楽しかった。
 三人の子供達も成人になり、孫も三人。
 これからは夫婦の時代やで、といろんな計画を立てていましたが、それもなくなりました。主人が長生き出来なかった分、私が長生きします。 五十二年間の人生に悔いはなかったと思います。主人の口ぐせは 
 「古いものが滅び、新しいものが生まれる」
 この言葉通り、神戸の町が大きく飛躍する事を願っていると思います。