あとがき

阪神大震災を記録しつづける会 代表 高森 一徳


 おかげさまで、十年十巻まで体験手記集を積み重ねることができました。投稿者をはじめ、編集ボランティア、賛助会員、それに私たちの活動をご紹介くださった報道関係者の皆々様のおかげです。いずれが欠けても、この活動は続きませんでした。ありがとうございました。

功罪

寄せられた手記は「文章のよしあしや被害の大きさではなく、記録としての価値」を基準に採否を決めました。

筆者が自己責任でプライバシーを開示しているのが手記の特徴です。プロの洗練を経ずに提示される市民の手記の内容は、同じ境遇の人々の共感を得やすく理解が容易です。一方、知識不足から来る勘違いや独りよがりが混じる恐れがあります。したがって、ご自分のプライバシーに関する手記は、かなり大胆に採用しましたが、裏づけが取れない他人のプライバシーに関する手記は不採用とさせていただきました。

この大地震は、体験されたどなたにとっても「生涯で最大の揺れ」でした。おかげで、多様な方々から1134通の手記をお寄せいただいたのですが、本に掲載できたのは434編です。過半数は掲載できなかったわけで、申し訳ないことになりました。

連続投稿者の中には、「毎年手記を書き続けることが、心の整理に役立つ」、「結婚してから『○○さんの奥さん』、『○○ちゃんのおかあさん』と呼ばれていたが、今回久しぶりにフルネームで呼ばれた」、などと感謝のお便りをくださった方もありました。

一方、「今年は書くことがありません」、「何を書いてよいか分からない」とおっしゃり、投稿が途絶えてしまった方々も大勢おられました。むしろ「なぜ書けないか」を書いていただきたかったのですが、昨年より今年、今年より来年と、復興が進んでいるという内容でないと書く意味がないと思われたようです。

書くという行為と、語るという行為には違いがあります。語る場合には情報の発信者は相手の反応に応じて、内容を分かりやすくします。また、聞き手がよいと話が広がったり、深くなったりします。これに対して書くのは孤独な作業です。そのため、自分にとって自明のことが抜けやすい傾向があります。被災地が書かれていなかったり、登場人物の説明がなかったりする手記がかなりありました。

最初デス・マス調だった文章が、突如デアル調に変わり、怒りや感情の昂ぶりが感じられる手記もたくさんありました。手記には潜在的な本音が出やすいのかもしれません。

 

生きがいの創造

災害は未来を映し出します。その社会が抱えている問題を、前倒しで集中的に顕在化させます。阪神大震災の被災者と被災地が直面した問題は、現代の日本社会が抱える課題を浮き彫りにしました。起こっている事象を先入観なしに見つめて分析すれば、日本の社会全体が潜在的に持っている問題への対応策が見つかるはずです。

地震は地震当日から約三日間、被災者から衣食住を奪い去りました。しかも、それに加えて何より重たい肉親の死が伴いました。その惨状は、「貧しい時代」や「貧しい国」の被災者とまったく同じです。ほとんどの人が焼け跡のテレビ映像を見て、戦災の光景と重ね合わせました。千七百億円を超える義援金が集まったのは、この報道のおかげです。
 ところが、この映像が、結果として、人々をミスリードしました。被災地外の人々の多くは、阪神大震災の被災者を「貧しい時代」や「貧しい国」の被災者と同一視してしまいました。被災地に古着を送った人々に悪意はなかったはずです。被災者の中にも「貧しい時代の被災者」を演じなければならないと思った方もいます。しかし、阪神大震災の被災地に生まれたのは、「豊かな社会の被災者」です。

「貧しい時代の被災者」には、自分のため、家族のために衣食住を手に入れるという重大な仕事があります。これが生きる目的になり、生きがいにつながります。対象がモノですから、成果が分かりやすく、その成果に対して、家族も世間も拍手をくれます。

ところが「豊かな社会の被災者」は、一週間もすれば、最低限の衣食住を保障される人々です。明日の米に困る被災者は、一人もいません。しかしそのために、かえって生きがいが見つけにくいのです。

これを「ぜいたくな悩み」と切り捨ててしまっては建設的ではありません。

衣食住の獲得を超えた生きる目的、生きがいの見つけにくさこそ、阪神大震災の被災者が抱える最大の課題であり、豊かな日本社会の普遍的課題です。

「豊かな社会」の課題は「生きがいの創造」です。

震災後被災地で、ボランティア活動、ペットの飼育、ガーデニング、生涯教育への参加、地域交流などが活発になったのは、生きがいを創造する試みだと思います。

自分が家族や社会に対して役立っているという充実感、自分がいなければ失われる命、自分が存在しなければ成り立たない空間。世間から押しつけられるのではなく、自らの価値観と資質と資源に合わせて、これらを満たすミッション(使命)を、それぞれが見つけなければなりません。

 

老いの価値

仮設住宅の一人住まいのお年寄りは、典型的な災害弱者として注目されました。しかし、この方々のほとんどは天涯孤独ではありません。「子供たちに迷惑をかけたくない」と、独居を選択した方々です。

貧しい時代には家族が寄り添って生活を支え合います。お年寄りには担うべき役割があります。戦前の家制度の下では、戸主のお年寄りが財産を保有していました。高齢者はまれで、しかも持っている知識と経験が役立つのですから、尊重されて当然の存在でした。お年寄りが教える、近隣や親戚との付き合い方、しきたりが、「良風美俗」の規範となっていました。

ところが戦後、都市労働者家庭の増加に伴う核家族化、家事労働の電化、年金の充実、平均寿命の高齢化などがもたらされました。その一つひとつは、生活を豊かにする要素のはずですが、結果としては日本社会におけるお年寄りの価値を低めることになりました。高齢者の希少価値がなくなり、持っている知識と経験を活かす場が少なくなったのです。

老いの価値の再発見と創造も、これからの日本社会の重大なテーマのひとつでしょう。

 

家庭内問題の社会化

 震災体験を共有したことで、地震直後、被災地では連帯感と助け合いの精神が自然に生まれました。そのため、従来であれば家庭内で解決するか、手にあまれば行政機関に訴えて解決しようとして、かえって深刻化していた問題を、ボランティアや近隣の人々の助けを得て解決するケースが生まれました。これは「家庭内問題の社会化」といってもよい現象です。

独居老人の家事、不登校児、お年寄りの介護、家庭内暴力など、家庭内では解決できない問題が増えています。それぞれ、一気に行政機関に駆け込んで解決を要求するのではなく、ボランティア団体やNPO(非営利組織)が入ったほうが、その後の人間関係もうまくいき、社会が負担するコストも安く付きます。

 

「被災者正義論」からの卒業

阪神大震災と他の災害との共通点については、すでに語られ報道されています。肉親の理不尽な死とその受容、予定していた人生設計の中断や変更、困難な状況下での美談と醜聞、国や地方自治体の対応に対する不満と少しの感謝などです。

しかし、肉親の死はどんな状況であれ理不尽なものです。

また予定していた人生設計の中断や変更は、バブル経済崩壊後の日本各地でも見られた現象です。財産の喪失も大きな痛手でしたが、あの世まで持っていけるものではなく、いずれ失うものです。

美談と醜聞は、背中合わせです。第二巻に「朝命がけで近所の人を瓦礫の山から救い出していた人が、夜避難所で救難食糧を独り占めにして家へ持ち帰った」という内容の手記がありました。普通の人が被災したのですから、同じ人が善人にもなり悪人にもなるのは、何の不思議もありません。むしろ、このような修羅場で、どうすれば善人の部分を引き出し、醜い部分を出さずに済ませられるかというシステムを日ごろから考えておくことが大切でしょう。慈善と偽善も紙一重です。

 お上に対して、文句を言うのがかっこよいという戦後民主主義の風潮は、被災地でも基本的には主流でした。ただ、震災では地方自治体の職員も被災者だったので、想像力のある被災者は、矛先が鈍りました。

 「泣く子と地頭には勝てない」ということわざがあります。私は現代の日本では、災害の被害者が泣く子に当てはまるのではないかと思います。マスコミは競争して被害者の声を伝え、世間も関心を持ってくれます。中にはおかしな要求もありますが、「心優しい」彼らは、議論を避けて聞き流します。

 しかし、泣く子が泣き声だけしか出さないのでは、やがて世間は次の悲劇に関心を移してしまいます。また、泣く子の要求が正しいという保証はありません。泣く子は訴えの内容が利己的ではないと説明し、第三者に人ごとではないとの共感を持ってもらわなくてはなりません。

この十巻を通じて、私たちはそのお勉強をしたのかもしれません。