カナダから見た震災

尾原 悦子 四十歳 大学院生 カナダ  


  自然災害の研究はとても範囲が広く、私はその中で町づくりと災害を勉強しています。「阪神大震災を記録しつづける会」が編集した出版物は、被災された方々の生の声を聞くことができる大変貴重なもので、お陰様でこの震災についていろんなことを知ることができました。今でも読み直しては、被害の大きさ複雑さに「災害」という分野の難しさを実感しています。

この震災は大都市災害として注目され、日本国内、世界各国からあらゆる分野の調査・研究のために研究者が訪れ、その成果が世界中の人々に読まれていると思います。私は英語と日本語で書かれたものしか読めませんが、私の大学(ブリティッシュ・コロンビア大学)の図書館のデータベースで阪神・淡路大震災を検索すると、ざっと一七四件(英文のみ)の図書・雑誌資料がでてきました。

ちなみに同じデータベースから、一九九四年に起きたカリフォルニアの地震は六〇一件、一九九九年の台湾の地震は三一件、英文の文献が検索できました。また、神戸大学の震災文庫には一六四九〇(九九四件の日本語以外の言語文献を含む)の図書・雑誌資料が収集されているそうです(二〇〇四年九月二十九日現在)。

では、この現存する膨大な量の記録によって、私たちは一体どれだけこの震災を把握できているのでしょうか?

地震対応のための建築技術的なことや、地震に関する地質や津波の影響などはかなり研究が進んだようです。

けれども、被災された方一人ひとりの復興についての研究は、これまでに発表、出版されたものの数も少ない上、日増しに少なくなっていっているようです。

このまま、震災での経験は少しずつ語られることがなくなってしまうのでしょうか。また、一度も語られたことのない事実が、誰にも知られることなくそのまま置き去りにされるとしたら、どうなるのでしょうか? 十年という年月が過ぎても、まだ明かされていない事実があるとすれば、それは研究する者にとってどういう意味をもつのでしょうか?

一般的に、学術的な記録というものの多くは情報の正確さ、普遍性を重視するために、どうしても一個人の経験や特異な出来事などの研究を避ける傾向があります。また、自然災害の研究は往々にして破壊的な大自然の活動の調査や、それに対応するための建築技術の向上などに力点がおかれることが多いのも事実です。そうした調査研究は被害を最小限に抑えるために貴重なものです。ただ、これまでの傾向として、災害からの被害を防ぐという予防のほうにばかり関心が向くあまり、自然災害が起きたあとの、各個人・各コミュニティによる復旧・復興についての調査・研究が後回しになりがちのようです。

ですから、現存する文献に目を通して、実際に被災された方の復興の日々を調べようとすると、大まかな情報はつかめても、細かなところはなかなか見えてこないのが現状です。もちろん、被災者が語る震災というテーマの本や新聞・雑誌のコラムもたくさん出ているのですが、いわゆる学術研究書となると、被災者個人の経験談を扱った内容のものの数はかなり少なくなります。そのため被災者だけが知る事実というものが、「学問としての災害」が取り扱う領域から距離をおかれることが多いのです。こうして、学問として扱う「災害の記録」と、被災者みずからが経験した「災害の記録」とのギャップができるのではないでしょうか?

本来ならば学問としての「災害の記録」に、被災者の姿がもっと前面に出てもいいはずです。ですが、災害を予測する技術や被害を抑えるための研究が実践的で歓迎され、個人の経験談は、時として個別的で変則的であるあまり、たとえ十分な被災経験の記録があったとしても、研究対象として取り扱われることが少ないことになるのです。

また、果たして被災者の姿をとらえることなど研究者に出来るのでしょうか? 今回の震災で被害を受けた方々の多くが高齢者、低所得者、障害者、子供、女性、外国人という、いわゆる社会的弱者であることが認識されました。この社会的弱者と呼ばれる社会層の研究が近年では増加していますが、果たして私達はその人達の実態にどの程度近づけているのでしょうか?

この震災を勉強して思うことは、復興に大きな労力と時間がかかっている方ほど、私たち研究者からは見えにくい、ということでした。被害に大小をつけてはいけませんが、個人個人の被害の大きさと、その方がその被害から回復される時間の長さは、必ずしも比例関係にありません。つまり被害として大きいか小さいかを見るだけではなく、それを受けた結果として被災者に与えるダメージの大きさも考慮に入れなければ、復興のプロセスを理解することはできないのだと思うのです。

あの日以降、いろんな意味で(精神的、肉体的、経済的、社会的、文化的、政治的、宗教的、など)生活環境を悪くされた方が大勢いらっしゃると思います。そういった方々は、私たち研究する者の前には出ていらっしゃることはあまりありません。それは、災害の研究に対して関心をお持ちでないということではなく、もっと現実的な理由から研究に参加されることがないのです。日々の生活に精一杯で、震災研究に参加する時間などない、また体調を崩されて外に出るのもままならない、という方々が大勢いらっしゃるのではないでしょうか? つまり、客観的にみた被害の総額や仮設住宅入居の時期や数などの情報だけでなく、被災者一人ひとりの個別の事情を理解した上で復興の状況を把握することが、本来ならば必要になってくるのですが、その研究の鍵を握る被災者の方々にお会いする機会がとても少ないのです。

ここに災害を研究する私たちの限界があります。皮肉なことに、最もダメージを受けた、最も復興に苦労された方々こそ私達研究者は知るべきなのに、その方達に近づくことはとても困難なのです。また、たとえそうした被災者にお会いできたとしても、その方々が「災害の記録」として私達に語ってくださるお話は、その人個人の様々な思いが詰まった経験からくる「災害の記録」とは同じではないかもしれません。このギャップはどうしたら埋めることが出来るのでしょうか? 被災された方々にとって一九九五年一月十七日のこと、この日以降のことを、私たち研究する者に思いつくままに話していただけるようになる日がくるでしょうか?

十年の歳月は長いものです。けれども、阪神・淡路大震災については、語られていないことがまだまだたくさんあるような気がしてなりません。今後、更に長い年月が過ぎれば、少しずつ当時の様子を語ってくださる被災者の方もいらっしゃるかもしれません。また、そこから得た事実を学問としての「災害の記録」として残せるように、多くの研究者が関わり続けてゆけるかもしれません。ですから、震災の記録はこれからもずっと残してゆかなければならないと思います。