定点観測写真

大仁 節子 八十一歳 写真ボランティア  東灘区  


  私は震災を機に、被災家屋の定点観測写真を撮るようになりました。

● 震災後十年の軌跡、二冊の本の出版。

平成十二年九月一日写真集『翔け神戸』を自費出版。震災時の写真とその後の復興の様子を定点撮影という形で表現した一二三セット(二四六枚)を掲載し、末尾に手記のミニコミ紙を、そして新聞社の記事を掲載し、女性の皆様のご好評を得ました。

平成十三年九月十日、『阪神・淡路大震災の追想、復興への叫び』を出版。この本は平成十二年九月一日に出版した『翔け神戸』をお渡しするときいただいたアンケートを編集したもので、平成十二年九月一日現在の記録です。(六一二名)

● 写真展の記録 十三回

第一回 平成十年六月二十八日〜七月十二日 阪神・淡路大震災復興支援館二階( 中央区 三宮町)

   「写真が語る震災の記録」

第二回 平成十年八月二十四日〜九月十八日 兵庫信用金庫東灘支店一階( 東灘区森南町

   「震災後の神戸」

第三回 平成十年十月十三日〜十一月十三日 県立神戸生活科学センター五階( 中央区 川崎町

   「震災復興とその過程」

第四回 平成十二年九月十日〜二十四日 阪神・淡路大震災復興支援館一階( 中央区 三宮町)

   『翔け神戸』発刊記念

第五回 平成十三年九月十二日〜十八日 阪神・淡路大震災復興支援館一階( 中央区 三宮町)

   『阪神・淡路大震災の追想、復興への叫び』発刊記念

第六回 平成十三年十月二十七日 多聞南小学校体育館( 垂水区本多聞

   『阪神・淡路大震災の追想、復興への叫び』発刊記念

第七回 平成十四年一月二十二日〜二十八日  垂水区日向 レバンテ垂水二番館( 垂水区 役所一階)

   「阪神・淡路大震災の復興への叫び、定点観測写真展」

第八回 平成十四年三月十八日 華清山法覚寺本堂( 東灘区本山北町

   「春季彼岸会講演会と写真展」

第九回 平成十四年九月六日〜八日 勤労会館四階( 中央区 雲井通)

   「阪神・淡路大震災 復興への軌跡」

第十回 平成十五年一月十一日〜十三日 ギャラリーわびすけ( 西宮市甲子園口

  「あの街その時、定点撮影と当時の新聞でふり返る」

第十一回 平成十六年三月二十二日〜二十六日 東灘区役所一階( 東灘区住吉東町

  「定点撮影写真展」

第十二回 平成十六年十二月十八日 白鶴酒造資料館( 東灘区住吉南町

  「あの日から十年 翔け神戸、阪神・淡路大震災、そして復興への記録作品展」

第十三回 平成十七年一月八日〜十七日 北野工房のまち三階( 中央区 中山手通)

  「あの日から私たちが伝えたいこと」

● テレビ放送

平成九年一月十三日  大阪市北区茶屋町  毎日放送テレビ

平成十一年十一月十七日  神戸市中央区江戸町  毎日放送テレビ

平成九年四月十四日(二回)  神戸市中央区港島中町  サンテレビジョン

平成十年一月十七日 〃

平成十年七月一日(二回)〃

平成十年十月二十七日(二回)〃

平成十二年九月十九日 〃

平成十四年一月二十二日 〃

平成十五年一月十九日 〃

平成十年八月十四日  静岡市登呂  静岡放送テレビ

平成十年八月二十一日 〃

平成十年八月二十八日 〃

平成十年十月三十一日(二回) 大阪市中央区馬場町  NHK大阪放送局

平成十一年十一月十七日(二回) 〃

平成十二年九月十六日 〃

平成十四年一月十一日  大阪市中央区大手前  NHK大阪放送局

平成十五年一月十六日  東京都渋谷区神南  NHK教養番組

平成十六年三月二十二日  神戸市中央区東川崎町  NHK神戸放送局

平成十一年十一月十七日  神戸市中央区三宮町  関西テレビ

平成十五年一月十五日  東京都港区赤坂  東京放送テレビ

● 新聞記事(記事は省略)

朝日新聞社神戸支局 神戸市中央区浪花町

神戸新聞社 神戸市中央区東川崎町

神戸新聞社阪神支局 西宮市和上町

産経新聞社阪神支局 西宮市六湛寺町

毎日新聞社大阪本社 大阪市北区茶屋町

毎日新聞社神戸支局 神戸市中央区栄町通

読売新聞大阪本社 大阪市北区野崎町

読売新聞神戸総局 神戸市中央区栄町通

読売新聞阪神支局 尼崎市東難波町

 

● 震災後十年間でできなかったこと

平成四年十月まで住んでいた東灘区森南町二丁目の二階建て木造住宅は、地震で全壊しました。平成七年二月十四日、線路の復旧を急いでいたJR西日本は、倒壊家屋がさらに傾き線路を塞ぐのを恐れて解体を行い、六月十四日に 神戸市 がその瓦礫撤去工事をしました。

跡地は市道となるため平成十四年七月二十七日付で、森南第三地区十一街区に仮換地を受けましたが、自宅の再建はまだできていません。雑草の生い茂った更地のままで残っています。

『翔け神戸』の総集編を作りたいのですが、自宅の復興ができていない現状ではまだ、残念ながら着手できません。

 

(注)筆者の手記は、第五巻にも掲載されています。