道路より公園を

キエルト・ ドゥイツ 四十五歳 オランダ人ジャーナリスト  芦屋市  


  私は忘れたい。なんとしてでも忘れたい。

凄まじい破壊。助けをもとめる悲痛な叫び。ガス、炎、それに遺体の刺激的なにおい。ビルがいつ崩れるかという決してやまない恐怖。

私におこったすべてを忘れたい。

長い間私を悩ませてきた悪夢を忘れたい。

私が何よりも休息を必要とするときに、いろいろな悪夢が押し寄せてくる。何度も何度も。やっとのことで寝入った直後に。それらはとても鮮明で恐ろしいので、眠ること自体が恐怖となった。

そして地震についても、もう話したくない。

私は自分の考えから地震を締め出したい。それを私の記憶の深くて暗い奥底に押しこめたい。地震が占領している心のその場所のドアを閉じて、その鍵を捨ててしまいたい。二度と私を悩まさないように。

とはいえ、私たちが忘れてはならないことがある。被災した私たちも、地震を経験しなかった人々も学ぶべきことがある。

地震、火山爆発、洪水など、我々が「天災」と名づけるもの、それらはありふれた自然の出来事だ。

それらは、間違った計画、先見性の不足、我々人間がすべてを制御することができるという頑固で見当違いの信念によって、初めて災害になる。

だから「天災」ではない。「人災」だ。

我々はなぜ氾濫原、火山、断層線の上に、家ばかりか都市全体さえ建ててしまうのだろう?

川はときに余分なスペースを必要とするので、氾濫原は自然に生まれる。人間がそこに都市を作るのは横柄であり言語道断だ。仮にそこに絶対に建設しなければならないとしても(私は本当にその必要性があるのかを疑っているが)、我々はなぜ最悪の建て方をするのか? 災害の学習を怠っているように見える。

現実に直面すると、我々は目を閉じる。死者の埋葬を済ませると、人々は戻って、以前とまったく同じ場所に、しかもしばしば同じ方法で、破壊された都市を再建する。

一九九五年一月十七日の地震という大災害を乗り越えた人は皆、命が隣人頼みだという、信じられないほど重要な教訓を学んだ。驚くほどわずかな人々しかレスキュー隊に救われなかった。

大部分は近所の勇ましい人々によって救われた。

被災地外ではわずかな人々しか、大災害が襲ったと認識できなかった最初の数時間、見知らぬ人が命と手足を危険にさらして被害者を救出した。東京の大臣たちがまだ眠っていたとき、彼らは、人の命を救うために素手で掘っていた。

私自身も、それまで一度もその存在に気付いたことがなかった裏口の隣人を掘り出すのを助けた。彼女はそれまで知らなかった人々のおかげで、生きながらえたのだ。

大勢の人々が同じようにして助けられた。しかし、生き埋めになっていることに気付く者がいなくて救助されなかった人たちは何人いることだろう?

都市ではますます多くの人々がひとりで生活するようになり、さらに、平時の状態のときでさえ助けを必要とする老年まで生きるようになっている。それなのに、見知らぬ隣人を作り出す家や都市が建設されているのは怖ろしいことだ。

空調は蒸し暑い夏に我々を冷やしてくれるが、同時にそれは我々を壁と閉じた窓やドアの後ろに隠す。

家やビルに組み込まれた車庫は便利だ。しかし、それらはまた、我々が偶然近所の人々と出くわすのを妨げる。

通りとビルは、数式によって、一見合理的な設計をされる。しかし、そこには我々が社会的な動物として持っているニーズのためのどんな考慮もない。

都市は単に経済合理性に基づいて造られる。計測可能な貨幣価値が幅を利かし、元気で充実した生活の計測できない価値は、考慮に入れられない。

微笑や満足の価値は?

友情の価値は?

微笑や満足や友情の数と値を増加させるように都市を造るべきではないか?

生活そのものの価値を増加させるように都市を建設すべきではないか?

多くの社会的交流をもたらすようによく計画された美しい都市は、災害時に命を救うだけでなく、犯罪や自殺を減らし、子供を産みやすく育てやすくする。

それが本当の豊かさである。収入を増やすよりも重要である。

その実現のためには、異なったバックグラウンドをもつ多くの人々が計画立案、研究に参画すること、そして何よりも協力しあうことが必要だ。

現在の家と都市はひどい設計がなされているので、我々が簡単にそれらを変えることができない。確かに「人に優しい」家や都市を造るのは困難だし、時間がかかる。しかしだからといって、それは我々がただ手をこまねいてあきらめることを意味するものではない。

いくつかの事柄は、実際にはかなり簡単で、意志の力、忍耐力、想像力、政治上の勇気があれば実現できる。

私は芦屋に住んでいるのだが、なぜ関西山手線がこの都市にまで広げられるのか、その理由が全く理解できない。

ここは二酸化炭素の削減を要求する「京都議定書」の国である。それなのに、我々はさらに多くの車を走らせるために道路を敷設している。

道路は汚染と雑音を引き起こすだけでは足りず、都市を分断し、幼児や老人や弱者が移動するのを難しくする。彼らは交通量の多い別の道路を渡らなければならなくなり、さらに多くの交通死が発生する。交通事故死の増加は数年もの時間をかけ、長い道路の上で徐々に広がるので、分かりにくいかもしれない。しかし、着実に起こるだろう。

多くの高齢者(今あなたがそうでないにしても、何時の日にか、そうなる)が道路で危険にさらされる。

知り合いのお婆さんが交通量の多い道路を渡ろうとするとき、彼女が半分も渡りきらないうちに信号が赤くなるのを見ると、私の心は痛みで縮み上がる。

車を運転している人々に、今より若干「より便利な」生活をもたらすだけのために、私たちはなんと軽はずみで愚かなことをしているのか?

現在道路を敷設しようとしている同じ場所に、なぜ細長い公園を建設しないのか?

たくさんの木はオーバーヒートしている都市を冷やしてくれるだろう。子供たちが遊び、母親たちが出会い、お年寄りが憩える、曲がりくねった川や運河のある美しい公園。また、水はこの次の災害では、命の恩人になるだろう。

ティーンエイジャーが踊ったり、バスケットボールやテニスを楽しんだりできる場所を創ろう。

現在、彼らはコンビニエンスストアか駅の入り口でやむを得ず会っている。

この公園を貫通する、広い自転車道も必要だ。人々が車の代わりに自転車を使用するのを奨励する明白な理由はいくつもある。

この道は、災害時に救急車、消防車、および救難車両が利用できる。

あらゆる公共の片道道路が通常の交通によって停滞する、一九九五年の地震の後のような事態が解消できる。

広い自転車道は、命を救う緊急用道路になる。

人々が集まり憩うこの場所に沿って、おしゃれなブティック、レストラン、喫茶店ができるだろう。したがって、積極的な経済効果さえある。

道路は人々を通り抜けさせ、公園は人々を引き付けて、集結させる。

この公園で生まれ、花開く友情。

空気を汚染して、人命を破壊する道路を建設するよりもよほど良い。

これこそ我々が地震から学ばなければならない教訓である。

住んで働く喜びがある都市を建設しよう。我々の都市を、住む場所としても、働く場所としても、素晴らしい場所にすることは、社会がめざすべき最も重要な課題だ。

それは我々自身の生活を豊かにするだけでなく、我々に続く人々すべての生活を豊かにする。

それは我々が我々の子供、我々の子供の子供、我々の子供の子供の子供に与える贈り物である。

待つ必要はない。もはや行動あるのみだ。(原文英語)

(注)筆者には、第巻と第巻に手記と写真を投稿していただきました。日本人の投稿者のほとんどが被災者の表情を撮影できなかったのに対し、筆者の写真は真正面から捉えていました。不眠と悪夢に関する詳細な記述とともに、非常に印象に残りました。(高森 一徳)