備えあれば憂いなし

服部 康子 六十九歳 東灘区  


   早いもので「阪神大震災を記録しつづける会」の震災体験記も十巻を迎えることになりました。最終回にあたって、神戸で最も倒壊の多かった東灘区で助かった家の一つとして、私の家がどんな構造で造られ、あの地震でどうなったのかをお話しすることにします。

 家を建てたのは地震より三年前です。その頃の私は、建築士の試験を受けようとしていましたので、勉強になると思って自分で設計することにしました。自分でやるのですから当然、自分にとって都合のいい家に。……と言っても資金の都合で我慢、我慢。適当に安上がりの家です。

単なる好みですが、鉄筋コンクリートにしたいと思いました。なにしろ土地が狭いので、必要な部屋をとるには三階建てにしなければ、という理由もありました。しかし、鉄筋コンクリート造にするにはお金が足りない。それで、もう少し安く出来る混構造にしました。

家の構造は、大雑把に分けると木造、鉄骨造、鉄筋コンクリート造の三つです。私が建てた家は、一階を鉄筋コンクリートで造り、その上に木造の二階建てを載せたのです。鉄筋コンクリート造+木造なので混構造と言います。(これとよく似たものに一階に居室がなく、お風呂とかトイレなどの水回りを作ったものがありますが、これは一階の天井が木造になっていて高基礎形式と言います。混構造は、一階部分は天井も梁も全て鉄筋コンクリートのものです)

余談になりますが、鉄筋コンクリート造より混構造の方が安く出来る理由に一寸ふれます。

家を建てるのには、家全体の重みを支える基礎が大切です。当然のことながら、重い家を建てるか軽い家を建てるかでその基礎にかかるお金が変わってきます。

一、二階を木造にした混構造は、三階まで全部鉄筋コンクリートにした家より軽いでしょう。それだけを考えても安くなるのです。(木造三階建てにすればもっと軽いので、さらに安く出来ます)

次は内装材について。

室内犬を飼っていました。フローリングの床は犬が走り回ると爪で傷だらけになってしまいます。それで犬が自由に使う部屋の床は傷つきにくい素材にしようと考えました。

犬が常時いる部屋の床は、水洗いが出来るようにタイル貼りにしました。冷たいのでカーペットを置き敷きにして使うことにしました。こうすれば足触りもいいし、安物のカーペットにしておけば汚れがひどくなったら捨てればいいのです。

犬が自由に出入りするリビングの床は喫茶店やホテル等で使われている土足用で水洗いも出来るカーペット。DKの床は、これも土足用のCF(クッションフロア)です。いずれも、ハイヒールで歩いても傷のつかないような素材ですから、犬の爪ぐらいではびくともしません。

更に、犬が何時も居るところのドアは、木製にせずアルミ製。

こんな具合ですから、まあ犬小屋に人間が住んでいるみたいな家ですね。私にとって都合のいい家とは、こういう家でした。

さて、この家があの地震にあってどうなったか?

あの日のあの時刻、私は三階のベッドで寝ていました。スプリングの反動もあって、まるで絶叫マシンに乗っているように、体は上下左右に振り回されて、起き上がることなど出来ませんでした。三階の部屋には整理ダンスと洋服ダンスが置いてありましたが、幸いにも位置が移動しただけで倒れなかったので、怪我をすることもありませんでした。

建物の被害はどうだったでしょう?

結論から言うと、鉄筋コンクリート造の一階は、被害ゼロでした。

一階のリビングに置いてあった本箱と食器棚は倒れ、割れた食器やガラスが散乱……、その先に犬のいる場所があるのですが、見に行くにも足を踏み入れることも出来ない状態でした。それほどひどい状態であったにもかかわらず、水洗い可能な土足用カーペットは無傷で、雑巾がけをしただけで済んだのです。

ユニットバスの壁のタイルも、割れることなく目地にひびも入りませんでした。

トイレは、床壁共タイル貼りにしていましたが、これも全て無傷。

リビングや玄関の壁や天井はクロス貼りでしたが、傷もなく照明器具も何の被害もありませんでした。鉄筋コンクリートで造られた壁や天井は、激しい揺れにも歪むことがなかったのです。

それでは木造の二階三階は、どうだったでしょう。

壁のクロスに筋が入りました。木造の壁は歪んだのです。壁クロスの下地はプラスターボードだったのですが、カーテンレールや額、時計などを取り付ける上部三十センチ程を、釘がきくようにコンパネ(合板)にしていたのです。この下地の材質の違いが裏目に出て、クロスに亀裂を作ったのです。下地材が違うと歪みの度合いが違うために、その継ぎ目の所でクロスに亀裂が出来ました。下地材を全てプラスターボートにしていた天井は無傷でした。

照明器具はシーリングライトもペンダントも無傷でした。

二階はDKです。食器棚が倒れて横たわり、キッチンのスライドユニットが飛び出して壊れ、中にあった瓶や缶が割れて散乱、足を踏み入れる場もない状態でした。電子レンジは五メートルほども離れたところに転がっていました。ワークトップの上に置いてあった炊飯器やポットは、流しの中に落ち込んでいました。

床は一面にガラスや陶器の破片が飛び散っていて、危なくて歩けません。その辺にあった新聞やチラシを敷いてその上を歩いて一階へ行きました。そんな乱暴なことをしたのに、土足用のCFは傷つきませんでした。これがフローリングだったら、ガラスや陶器の破片が突き刺さって張替えなければならなかったと思います。

流し前のタイルも無傷。目地にひびも入っていません。下地がコンパネで、接着剤でタイルを貼り付ける乾式工法だったのが良かったと思います。もし、従来のやり方でセメントのだんご貼りだったら、ひびが入ったと思います。

三階のタンスの上に置いてあった人形ケースは落ちましたが、床に置いていたクッションの上だったらしく、ガラスは割れませんでした。

窓にはロールカーテンが下ろしてありました。これは縦揺れで勝手に上にあがり、閉めてない雨戸は横揺れで、戸袋からガタガタと出てきて閉まりました。

入り口の引き戸は、上下の揺れで敷居からはずれ、前に移動してきた洋服ダンスにもたれかかった格好で止まっていました。

 フローリングの床は、タンスが移動したところに傷が付きました。ベッドが激しい揺れで前後(南北)にスライドして、壁のクロスに30センチほどの傷が付きました。ベッドの枕棚の上に置いてあったスタンドの台が当たった壁は、下地を突き破って穴があきました。

 二階の階段の壁は、下地が一部割れました。家の中で一番弱いところだったと思います。

 どんな修理が必要だったかと言うと、室内では、二、三階の壁クロスの貼替えと壁の下地の補修でした。

外回りは玄関出口のタイルの目地に亀裂が入り、タイルの位置がずれました。テラスのタイルも同じ様な状態だったので、一部タイルの貼替が必要でした。

 さて、被害はこれだけだったでしょうか?

 家全体が少し沈んだと思います。大雨が降ると家の方に水が溜まるのです。玄関前のアプローチのタイルや家の周りにある犬走りのモルタルは、家から反対方向へ水が流れるように傾斜がつけてあるはずです。それが家の方に水が溜まるのは、家が縦ゆれの時、その重みで沈んだと思われます。

 地震の時の被害は重いものほど被害が大きくなります。家具でも重い家具ほど遠くへ飛んだり倒れたりしています。軽い桐のタンスは一番揺れの激しい三階にあっても倒れませんでした。重い本箱は一階にあったのに倒れたのです。

 家も重い鉄筋コンクリート造の三階建てだったら、もっと沈んだでしょうか。重いなら重いように、それを支えるべきしっかりした基礎を造っていれば、沈まなかったかもしれません。

 家を建てるにあたって地盤調査をしましたが、比較的軽い混構造だったので「まあ、これ位でもつだろう」との考えでベタ基礎にしました。もし杭を入れていたら、この何ミリかの沈みもなかったかもしれません。

こうお話ししていくと「その程度の被害で済んだのなら、ひどく揺れなかったんじゃあないか」と思われるかもしれません。神戸で最も倒壊の多かった東灘区と言っても差があって、阪急電車より北の方は被害が少なく、南に行くほど被害が大きくなっています。私の家は国道2号線より南で、八割がたが倒壊しました。南北の揺れが最も激しくてほとんどの家が北側に飛んだのです。並んで建っていた所では、南端の家の二階が北隣の一階の上に、その家の二階はその北隣の一階の上に、そして最後の家は北の道に落ちました。こんな状態で周りの家の大半が無くなってしまい、一辻先の道を歩いている人が見えたのには吃驚しました。

では、何故私の家の被害が少なかったのでしょう。それは、新しい建築基準法で建てられていたからです。決して混構造だったということではありません。今の建築基準法で建てれば、木造三階建てもあの程度の地震で倒壊することはまずありません。勤めていた会社で何軒も木造三階建てを建てましたが、倒壊した家はありませんでした。建築基準法を守った正しい建て方をすれば、震度七の地震でもいたずらに恐れることはないと思います。

地震の後、プレハブ住宅がいいとかスレート瓦がいいとか言われましたが、倒壊した家のほとんどは古い建築法で建てられたものでした。また、外観は何ともなさそうに見えていても、外壁やバルコニーの防水切れで中の柱が腐っていたり、シロアリの被害にあったりしていたものが崩れたようです。

この家を建てる時、神戸に地震がくるなんて考えてもいませんでした。しかし、三階で寝ていると、時々揺れを感じたのです。な〜んだ、神戸は地震がないと言うけれど、神戸だって時々は揺れているんだ。今までは、だだっ広くて地べたに這い蹲ったような家に住んでいたから感じなかっただけで、こんな電信柱を立てたようなひょろっとした建て物だから揺れるのだなあ〜と、思ったりしていたのです。

 今この三階で寝ていても揺れを感じることはありません。あれは、やっぱり前ぶれだったのだと思います。一年ぐらい前から、神戸はすでに揺れていたのです。

今回の地震は多くの被害をもたらしました。しかし、備えあれば憂いなし。今の建築法で建てた家なら、そんなに恐れることはありません。私の家のようなちっぽけな家でも助かったのです。

(注)筆者の手記は、第六〜九巻にも掲載されています。