これからなすべきこと 

山中 敏夫 七十六歳  兵庫区


   「山の集い」

震災直後に行動したことや、近辺の状況については、平成七年の五月に知・友人約二千人に体験と近辺の被害状況と感想の募集を行ない、集まった三十数編をすべて文集にして、九月に約千五百部を投稿者の知・友人を中心にして配布しました。

この文集を見てくださった「阪神大震災を記録しつづける会」の高森一徳氏のお計らいで、NHK教育テレビが十月十一日から二ヵ月かけて会下山ラジオ体操会の参加者と会下山公園の仮設住宅の人々を交えた、相互救援、いたわり、励ましと復旧への歩みを描いた六十分の番組「山の集い」を制作、十二月三十日に放映されました。

以来、この大災害の記録は、後世と未経験の地域の人々にとって貴重な教訓を伝えるために是非必要であると思い、第一集と第八集を除く全てに毎年投稿を続け、幸いにそのすべてを掲載して頂きました。改めて厚くお礼を申し上げます。その中で、その後の自分の行動と感想や提案は、ほぼ出つくしたと思います。

 

日課・週課・月課・年課

今日では、四十年来続けた年中無休早朝ラジオ体操会と会下山公園管理会、 神戸市 のシルバーカレッジOBのボランティアグループNPO「わ」の木工グループで、ほぼ毎日の活動を続けています。また毎週一回、月四回火曜日の 神戸市 社会福祉協議会の「生活支援員」。月に一回ずつの「花みどり市民ネットワーク」、「健康こうべ21推進委員」、「被災者復興支援会議・連続フォーラム」。年に数回、あるいは一回の「NPO希望の灯り」、「湊川遂道保存友の会」、上記「わ」の行う行事や 兵庫区 の行う行事への手伝い参加等の活動を続けさせて頂いています。

毎日体を動かすことと、何がしか考えたり、工夫したり、頭の運動もできることで、老化による衰えは致し方ないとしても、元気で明るい日々を過ごすことのできることを感謝しています。

早くに父を亡くした私の家族は、多くの方々の支援を受けて成人し、震災のときには全国から、全世界から温かい支援を頂きました。ささやかなボランティア活動で、僅かでもお礼とお返しができるのではないかと思っています。

 

これからなすべきこと

これからなすべきことは、震災の体験の記憶を呼び戻し、ともすれば疎かになる災害への備えを物心併せて整えることです。これからも、いつか、どこかで必ず起こる自然災害には、常に備えなければなりませんが、人間の悲しさ、愚かさは、時間と歳月の経過と共に記憶を忘れ去り、風化していきます。過去は忘れてしまいたいという気持ちも潜在しています。今日、いざという時に備えて枕元に防災グッズを置いて寝ている人は少なくなっています。家具の転倒防止も、大半の家で放置されていると思われます。私自身も残念ながらその一人です。

国、県、市、町の各行政機関と学者、研究者、土木、建築業界、医療、交通、ライフライン関係等々で、その後の自然災害の教訓も含めて議論、検証、対策は進んでいると思います。これらの対策が進歩、充実することを希いながら、私達市民がこれからなすべきことは、そのために節目となる一月十七日の犠牲者追悼の行事を毎年続け、思いを新たにしていくべきであろうと思います。

防ぐことのできない災害も対応によって減らし、少なくする努力は、怠ることなく続けていかなければならないと思います。

古くから言われている「災いは忘れた頃にやってくる」ことを肝に銘じなければならないと思います。

 

課題

震災直後のしばらくの間は別にして、震災前より後の方が段々と人々の心が冷たくなってきているように思えてなりません。過日、東京の従兄弟に電話をしたときも、全く同じような話をしていました。全国的な傾向なのかもしれません。

例えば、私が長年かかわってきたラジオ体操会のお世話をして下さる方が、震災後のしばらくは別にして随分少なくなってしまいました。震災前は、こちらからお願いしなくても多くの方が自発的に参加されましたが、今ではこちらからお願いしてもお断りになる方が殆どで、反面遊ぶことには大変積極的になっています。

以前は、朝のラジオ体操に集まる人々は誰彼なしに「あいさつ」を交わしていましたが、今日ではメッキリ減って、こちらからあいさつや会釈をしても知らんふりの人が随分増えてきました。

体操動作の間違いを正しく直して頂くようお願いしても、

「わしの勝手や。人にどうこう言われる筋やない」、

「自分のくせやから直らへん。ほっといてくれ」と言われます。

「でも正しくやる方があなたご自身の健康のためですよ」、

「あんたになんでそんなに偉そうに言われなあかんのや」といった調子で、自己中心主義の人々が増えてきました。

他の自治会、老人会、婦人会、あるいは子供会、防犯協会等々の知・友人に聞いてもほぼ同じ現象で、皆共通の悩みと、後継者作りの難しさを訴えています。特に自治会では、集合住宅住民の非協力が目立ちます。

分別のあるはずのシルバーカレッジの老学生にしても、学内の不法駐車や当て逃げが増え、空調中の入口を開けっ放しにする人が後を断ちません。「知らんふり」「自己中心」「私の勝手でしょ」の風潮が段々蔓延しています。「しんどいことはできるだけやめて、良いとこ取り」の「据え膳食い」をする人々が増えてきました。

一方、ボランティア活動をしている人は、たいてい複数の活動に参加しています。ボランティア人口は増えたとはいえ、まだまだ少数の人々の重複活動によって支えられています。

例えばシルバーカレッジの場合、現在まで八期続いているので、各期の卒業生の平均を三五〇人(入学定員は四二〇人)とすると、計二八〇〇人のメンバーがいます。そのうち「NPOボランティアグループ『わ』」に参加している人は八〇〇人で卒業生の三・五分の一です。

さらに、この「わ」のグループの中で私の所属する「NPOボランティアグループ『わ』兵庫パンジーの会」のメンバーは現在七六人(卒業生数は不明)。そのうち、月間七〇〜九〇人日以上の活動をしているのは二四〜二五人で、約三三%の人の重複活動です。

震災十年を機にボランティア活動についてはきれいごとが言われると思いますが、年毎に冷めていく人々の心をどう温めることができるのか、今の私にはその方法は見出せません。

ただひたすら、一・一七の節目、節目の追悼行事を中心に、記憶と思いを呼び起こし、次世代と未体験地域の人々へ警鐘を打ち鳴らし、減災への対応を提案していこうと思います。日常的にはラジオ体操会や、ボランティアを通じてささやかなお世話活動の中で、人々と温め合うことを続けていきたいと思います。

 

(注)筆者の手記は、第二〜七、九巻にも掲載されています。