廃業の理由

中村 専一 六十五歳 西宮市


  飲食店の自営業者として、この九年あまりを振り返ってみる。

震災の年の五月に再開店したプレハブの店舗兼住宅は、焼け跡から「はい上がる」との気持ちを込めて植えた「蔦」が建物の全面を覆い尽くして、風格を感じさせるまでになった。

  二十人入れば満員の小さな「そばや」はよく繁盛して、お客さんから新長田で一番はやっている店と言って頂けて、楽しくうれしい毎日であった。

 しかし、震災八年目の平成十四年三月、私は店をたたんで、四十年住み慣れた街から去ることにした。

 新長田の復興が遅れていると言われるのにはそれなりの理由がある。事業者の立場で検証してみると、特に 長田区 の南部は、地域に根ざした商売や、地場産業であるケミカルシューズ製造関連の事業者はもちろんそこに住み勤務し、生計を立てている方が多く、私同様収入源と住居の両方を失った方が多かった。

 だから、復興には沢山の資金とエネルギーが必要なのだが、「古道具屋の倉庫からカビの生えた法律を持ち出した」と 揶揄 ( やゆ ) される「再開発法」によって、自力で復興できる事業者の力を押さえつけてしまった。長期間かかる再開発では、事業者は収入減や資産の目減りで体力を消耗し、できあがった街に残ることができない。

 国は「個人財産の災害補償には金を出さない」の一点張りだ。不可抗力の震災で、生存権・生活権・居住権を奪われた私たちを支援する法律が、この国に無いのが悲しい。

 しかし、国は被災地にかなりの金をつぎ込んだのも事実だ。しかし、被災した我々から見ると救済にならない無駄金ばかり。法律の壁に歯がゆい思いをした。

  震災復興にノッポビルはいらないと都市計画に異論を呈し、二段階復興をしようと行政に言い続けたが、受け入れられなかった。行政が市民の力を信じ、復旧そして復興という二段階で対応したならば、十年を待たずして復興したはずである。

  「再開発」は、自営業者が焼け跡にやっと復旧させたプレハブ店舗をも収用してしまう。なぜ、そんなことが許されるのか?

 憲法第二十九条第三項「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」をよりどころにして、収用が成り立つようである。

 しかし再開発で公共施設とは「道路と公園」であり、ノッポビルは公共施設ではない。私的な利益を生むための施設である。震災でダメージを受けた住民の資産を取り上げ、しかもできたビルの床は、「希望する者に施設の一部を与える」と明記されている。火事場泥棒といわれる 所以 ( ゆえん ) である。

 行政ばかりを責めているわけではない、強引に都市計画を進めた手前、行政は「網はかけたが内容は皆さんの提案に沿って事業をする」と明言した。

 つまり今度は、ボールが住民に投げられた訳で、しんどいけれど住民が勉強し、自分たちが納得する案を行政に提案する「力量」が問われたのである。

 だがこの九年あまり、提案され、事業化された案は「コンサルタント案=住民案」で進んでいるのが現状である。

 住民が望まない、空き床だらけのノッポビルが下町新長田に林立する姿はコンサルタント案であり、「コンクリートの(自営業者の)お墓を創るな」と言い続けた私の予感が的中している。 

 その結果、行政も大変な問題を抱えている。その事例を挙げてみよう。 

@ビル床が売れないと借金が返せないのでいつまでも利息を払い続けてる。

Aセニハラかえられず賃貸にするが、それでは事業として成り立たない。
 もともと、売却してはじめて収支が合う事業だったからだ。

B空きビルの床からは当然ながら固定資産税は入ってこない
 (賃貸床もしかり)。

C完成した高層ビルの売れ残りの空き住宅・店舗の管理費を負担し続けなければならない。

D空地の管理にも金がかかる(フェンス張り、雑草刈り等)うえ、地価は下落し続ける。

E地価の下落で土地の差損が発生している。その差額は行政の負担となる。

F総事業費七千二百億円余は十年で建築が完成した場合の数値だ。計画が遅れれば、今後の事業費は想像を絶する額となる。

G空き店舗が埋まらないので店舗募集費用が増大している。住宅もしかり。

 このような現状に街を見限り、店を閉めた理由を私個人の資料を基に述べてみる。 

  震災後、再開発の網がかかった時点の土地評価価格は、概算六千万円だった。ところが、街は衰退したままだ。八年後、土地は約四〇%(二千四百万円)値下がりした。

 私のように小さな商売で、八年間で二千四百万円の損失を補填することは不可能である。地価は今後も下がり続けることは明白であり、まさに「骨折り損のくたびれ儲け」。事業を続ける意欲も失い、廃業という選択をせざるを得なかった。

再開発は付加価値がつき、土地・権利床が上昇することが前提だ。震災復興とは名ばかり、これも失敗。他に私の知り得ない事柄、知り得ても書くことすらできない現実等々、異常事態が進行している。

 この間、得した人は、「まちづくりの専門家」と称し、現実離れした計画でコンサルタント料をせしめた人。それを利用した行政は自業自得だが、損失は市民の税金で賄われるのを忘れてはならない。

神戸の悪しき先例を参考に、今後このような事態が起きたときは、住民もしっかり勉強をして住民主導のまちづくりを実現してほしいと願ってやまない。

(注)筆者の手記は、第二〜六巻にも掲載されています。