なぜ易断で、六十四卦のひとつを特定するのですか?


二つ理由があります。
 
まず、易断のつど六十四卦のすべてを読みなおしていては、思考を集中できません。現れた卦義を啓示として、思考を集中したほうが、考えがまとまりやすいからです。

 つぎに、筮竹や算木をつかって卦を得るという「儀式」によって、日常的思考から非日常的思考への区切りが容易にできるからです。

人間が他の動物と違うのは、実際に経験しなくても知識によって行動できる点にあります。例えば「フグの肝(きも)は危険だ」という知識があれば、肝を除いてフグを食べます。ところが、毎年フグで亡くなる人がいるように、分かっていても実行できないのが知識です。

みなさんのほとんどは「人間万事塞翁が馬」という故事をご存じのはずです。しかし、判断に迷った際に、この故事を思い浮かべて陽と陰の要素を冷静に判断し、行動できる人は少ないのではないでしょうか?

人は困ったときには打ちひしがれて、起こるか起こらないか分からない不安材料まで思い浮かべて落ち込みます。順調なときには得意になって、宝くじが当たる確率程度のことまで実現しそうな気になってはしゃぎます。

日常的な思考から非日常的な思考へ転換するには、「儀式」が役立ちます。

易断の「儀式」に抵抗があります。意味がないのではありませんか?


「儀式」というと、権威主義だとか形式主義だと嫌う人がいるかもしれません。

しかし、オリンピックの開会式や閉会式、身近なところでは、入学式や卒業式、結婚式、それにお葬式を思い起こしてください。たしかに、これらの「儀式」がなくても、何の支障もありません。しかし、人は「儀式」によって、日常性に区切りをつけ、敬虔な気持ちになることができます。

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